パリで「脱共産主義」シンポジウム 欧州政治家ら、ポスト共産主義を討議
【大紀元日本11月20日】ベルリンの壁崩壊20周年記念を前に、フランスの政治革新基金は11月4日からパリで、「共産主義から離脱し、時代を変えてゆく」と題したシンポジウムを開いた。3日間にわたる討論で、仏前外相ヴェドリン(Hubert Vedrine)氏、『共産主義ブラックブック』の執筆者クールトア(Stephane Courtois)氏、ソマン基金幹事長ジョアニン(Pascale Joannin)氏など、欧州の多くの政治家と学者が一堂に会し、共産主義の欧州での誕生から滅亡までの歴史を振り返り、いかに共産主義の毒素を一掃してポスト共産主義社会を一層発展させるかを討議した。
東欧で共産主義の突然の崩壊
仏前外相ヴェドリン氏は、シンポジウムで「ゴルバチョフからベルリンの壁崩壊まで」と題する講演を行った。当時仏大統領のスポークスマンを務めていたヴェドリン氏は、ベルリンの壁が崩壊した前日に演説で、ドイツの統一は半世紀以内には考えられないと主張したばかりだった。ヴェドリン氏によると、ベルリンの壁崩壊のニュースが届いた際、欧州各国のリーダーらは驚きのあまり信じられなかった。英サッチャー首相は驚愕、独コール首相は情報を伝えた顧問に狂気の沙汰と言った。仏ミッテラン大統領もどうすればよいのかしきりに尋ねていたという。
仏前外相で、仏大統領のスポークスマンを務めていたヴェドリン氏(大紀元)
1997年に出版された『共産主義ブラックブック』の主幹執筆者で、東欧共産主義研究者のクールトア氏が基調講演の中、ベルリンの壁崩壊に伴い東欧の共産主義政権が次々と倒れ、その速さは世界の意表をついたと指摘、自分にとっても全く寝耳に水だったと、当時を振り返った。
東欧共産主義が崩壊した原因
東欧共産主義が急速に崩壊したことについて、クールトア氏は多くの起因を挙げている。
まず、レーガンとブッシュの両政権がソビエトに対し外交的な圧力を継続的にかけていたこと。とりわけ1983年3月に発表した「スターウォーズ計画」と呼ばれる戦略防衛構想(SDI)はきわめて効果的であった。
また、共産主義についての理解を深めた教皇ヨハネ・バウロ2世が1979年に祖国・ポーランドを訪問した際、「小さな群れよ、恐れるな」と呼びかけ、ポーランドの独立自主管理労働組合「連帯」の誕生を促した。共産主義陣営では初の独立した自主管理組合となり、その後、会員1000人以上に成長。東欧の共産主義崩壊に多大な役割を果たした。
シンポジウムで熱心に耳を傾ける人々(大紀元)
このほか、旧ソ連諸国がソビエトに反抗し、共産主義陣営中枢部が危機に陥り、ゴルバチョフの新たな発想がエリツィンなどの反対勢力を形成したという、当時の政治の流れも挙げられる。
これらの諸要素が共産主義のシステムをほぼ打ち壊したため、流血を避けられた。1989年、旧ソビエト連邦の共産主義政権は、その合法性を失い、崩壊に至ったのである。
共産主義の本質:暴力と独裁
クールトア氏は、基調講演で、共産主義誕生の歴史を振り返り、レーニンが打ち出したボルシェビキには3つの系統があると指摘した。つまり、共産党信奉、政党と国家の一体化、労働者運動や平和・国家保護などを口実に広く結盟。民主主義に対してはきわめて凶悪なこの組織は、効果的に運営されていた。
同氏は、ボルシェビキは独裁政権の典型と指摘した。革命の名のもとでイデオロギーを独占しながら、暴力で社会体制を壊し、一党による政治独裁、生産力と生産品の独占によって、人民に圧力をかけ、恐怖感を募らせてコントロールしていく政権である。
「政治革新基金」幹事長のレイニー(Dominique Reynie)氏は、本紙のインタビューに対して、共産主義の教義は必然的に共産主義の犯罪につながり、共産主義の理論は国家の暴力を容認し、人の性格を変えるパワーがあると語った。
司会者の「政治革新基金」幹事長レイニー氏(大紀元)
フランスの「新観察」の著名コラムニスト、ジュリアード(Julliard)氏も、共産主義の教義では暴力を必要不可欠として美化していると注意を促した。
共産主義の罪悪を譴責すべき
今日になっても欧州では共産主義の罪悪に対する理解が足りないと、本シンポジウムは指摘している。
クールトア氏はこう分析している:ナチスと違って、共産党は戦敗したのではなく、無条件的に投降したのでもない。したがって、共産主義の余韻は残存している。現在の欧州議会などでも共産党のネットワークがある。2006年1月25日、多くの共産党議員、新共産主義議員、社会党議員たちは、投票で「共産主義の罪悪を譴責する決議案」に反対した。反対数はさほどではなかったものの、彼らの行動には驚かされた。
クールトア氏によると、経済と行政が統一された欧州において、共産主義の罪悪を認識し譴責する問題で、まだ意見の統一が得られていない。東欧の人々はみな共産主義による悲劇を知っているが、フランスを含め、一部の人々は共産党は光栄だと考えている。このような問題を早く解決しなければ、欧州の統一は完全ではない。「共産主義ブラックブック」を手に東欧を歴訪したが、東欧の人々はこういった考え方の西欧の人々に対し、1945年、あなた達は犬のように私たちをスターリンに投げ捨てたではないか、と憤慨していたという。
アルバニア前外相:真相の広まりによって倒壊したアルバニア共産党政権
シンポジウムに出席した前アルバニア外相ムスタファージ(Besnik Mustafaj)氏は、本紙のインタビューに応えてアルバニアで共産党政権が倒壊した経緯を語った。
アルバニアはかつて世界で最も純粋な共産主義国家と自負し、東欧の社会主義陣営、中国の_deng_小平とも分裂した。1989年の天安門事件とベルリンの壁崩壊後、アルバニア共産党はなお、「これこそマルクス主義を堅持しなかった結果だ」と国民を欺く姿勢だった。しかし、アルバニアは、伊テレビをブロックすることができず、辺境に近い人々が事件の真相を知り、次第に真相が広がっていった。13ヶ月後、アルバニア共産党も倒れることになったという。
アルバニア前外相、ムスタファージ氏(大紀元)
自由の理念に基づくポスト共産主義の構築
「政治革新基金」幹事長のレイニー氏によると、同基金の主旨は、共産主義崩壊後、政治・経済などを検討し、有意義な提案を通して、自由と伝統の理念上において、ポスト共産主義の新時代を構築し、社会をより健全に発展させることである。
今のフランスには、共産主義に同情を寄せる人も少なくない。数千万人が共産主義の犠牲となった事実を目の前にしても、なお共産主義がよいと主張する者もいる。ベルリンの壁崩壊20年にこのようなシンポジウムを通じて、共産主義の本質と共産主義がもたらした災難への認識を深めることは意義があると同氏はコメントした。