昔、善良な貧乏人がいた。彼は商人たちの使用人として働いていた。
ある日、商人たちは貧乏人を連れて海へ宝探しに出かけた。たくさんの宝を発掘し、引き返す途中、彼らの船は突然停まってしまった。必死に漕いでも船は前へ進もうとしない。商人たちは、宝を採った自分たちが海の神を怒らせしまったのだと考え、ひざまずいて慈悲を請うた。貧乏人だけは、それまで何もやましい事をしたことはなく、神に祈ることはしなかった。
商人たちが思った通り、やはり海の神は怒っていた。神は商人たちを懲らしめるため、船を沈没させようとしたのだ。しかし、船の上には善良な貧乏人がいるため、彼を巻き添えにすることはできない。
海の神は7日間かけて悩んだ末、あることを考えた。「この商人たちを試してみよう。もし、私が与える試練を乗り越えることができたら、彼らを許そう。もし乗り越えられず、罰を受けたとしても貧乏人を巻き込むことはない」
海の上で7日間停まったままの船の上で、商人たちは焦っていた。7日目の夜、一人の商人が夢を見た。夢の中で海の神は彼に話した。
「貧乏人を生け贄として私に捧げるのなら、お前たちの船を解放してやろう」。商人は目を覚ますと、早速夢の話を他の商人たちに伝えた。貧乏人は、商人たちがこっそり話しているのを耳にした。
貧乏人はため息をつきながらつぶやいた。「私が海の神の生け贄になるのは、仕方のないことだ。私一人のために、皆を巻き込むことは出来ない」
貧乏人が自ら犠牲になると言ったことに、商人たちは大喜び。これですべてが解決するのだ。商人たちは小さないかだの上に貧乏人を載せ、わずかな水と食料を与えて海に残した。そして、彼らは宝を載せた大きな船を悠々と前進させた。
この光景を見た海の神は大きな波を起こし、商人たちの船を海の底に沈めた。続けて海の神は送り風を起こし、貧乏人を載せたいかだを岸まで送った。無事に妻子の元へ戻れたのは、貧乏人だけだった。
同じ船の上にいながら、善悪の選択が異なれば違う運命をたどる。他人のものを奪ったり、他人を犠牲にしたりすれば、必ず報いがやってくる。そして、善良な心には必ず良い報いがあるのだ。
≪六度集経より≫
(翻訳編集・天池 花蓮)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。