【紀元曙光】2020年6月16日

(前稿の続き)ここで生きていく。その一念が、アイルランド系の人々は、他のどの民族より強烈なのではないか。
▼さまざまな理由で、祖国を離れ、世界各地に散った民族は多い。そのなかで商売の才覚が秀でていたのはユダヤ人であり、また中国人であった。
▼小欄の筆者は、もちろん行って見聞したわけではないが、例えば『街道をゆく 愛蘭土紀行』などの書物から伺われるのは、短躯だが筋肉質で、負けん気が異常なほど強いアイルランド人の姿である。それはユダヤ人や中国人とは全く異なる、比喩的に言えばプロレスラーのようにごつい人間像だ。
▼スカーレット・オハラという役柄は、当初は演じたヴィヴィアン・リーも拒否したほどの悪女である。それでもスカーレットがこの映画の主役であり得たのは、悪女である以上に、生きることへの強さが突出しており、逆境に負けない人間の魅力がスクリーンにあふれていたからであろう。
▼司馬さんが言うように、この物語はアイリッシュ・ストーリーでなければならなかった。人類史の上で、特定の人間が受けてきた理不尽な差別というのは、残念ながら無数にある。イングランドの隣に浮かぶアイルランド島の人々が受けた扱いも、ひどかった。17世紀の半ば、クロムウェルによるアイルランド侵略は、清教(プロテスタント)の名のもとに行われたカトリック教徒への大殺戮であった。
▼以後もアイルランド人の多くは、長く社会の下層に置かれた。その上には、イングランドという漬物石が乗っている。加えて1845年頃から、主食のジャガイモが疫病で全滅。飢餓地獄となった。(次稿へ続く)