【佛家物語】人を外見で判断してはいけない
釈迦牟尼仏の時代に、とても醜い弟子がいました。修行に励んでいましたが、その容姿が見苦しかったため、他の弟子たちからは、常に軽蔑されていました。ある日、この醜い弟子は、仏法を聞くために、釈迦牟尼仏のところに行きました。
彼がやってきたのを見て、当時すでに居合わせた弟子たちの中には、彼を軽蔑し、嫌悪感さえ抱いた者もいました。この弟子たちの思いは、すぐに仏陀に気づかれました。釈迦牟尼仏は弟子たちに、「ここに来た比丘(びく)の姿は、あまりにも醜くて見苦しく、軽蔑の念を抱かせるものになったのか?」と言いました。 弟子たちは「はい」と答えました。
そこで釈迦牟尼仏は弟子たちに、「あの比丘を軽蔑してはいけない。なぜなら、彼はあらゆる執着を取り除き、彼の心はすでに漏れがなく……彼は親切で、心も十分に解放されている。思い切って、他人を判断してはいけない。人を判断する力を持っているのは、如来仏だけである」と戒め、そして、釈迦牟尼仏は「外見だけを見て、軽蔑の念を生み出してはいけない」と弟子たちに訓告しました。
この話を読んで、「人を外見で判断してはいけない」と思います。個人的には、見た目がいい人により好感を持ち、もっと見たいと思いますが、見た目が良くない人なら、あまり見たくないというように思っています。これは、すべての存在を平等に扱うという、十分な慈悲心がないからではないでしょうか。そして、人を外見で判断するということは、人の心や内面を見ずに、表面的な肉体の部分だけで人を判断するのではないでしょうか。そこには、色欲(しきよく)という要素も隠されているのではないでしょうか。
(翻訳編集 啓凡)
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