古典の味わい

【古典の味わい】貞観政要 12

貞観2年のこと。太宗は、諌議大夫の魏徴(ぎちょう)を呼んで、こう訊ねられた。

「魏徴よ。古来、明君(名君)といい、また暗君というが、その違いはどこにあるか」

魏徴は、こう答えた。

「臣、謹んでお答え申し上げます。君が聡明である理由は、多くの人の意見を聞いて、その良いところを採るからでございます。これに対し、暗君である理由は、片方の言うことばかりを信じて、考えが偏るからです。『詩経』には、古の賢者は薪(まき)を拾うような卑しい身分の人の言葉にも耳を傾けて聞いた、とあります」

さらに続けて、魏徴はこう太宗に述べた。

「その昔、尭・舜(ぎょう・しゅん)の御代には、四門を開き、四目を明らかにすることで、四聡を達成しました。その聖なる輝きの、照らさないところはありませんでした。そのため、政治の妨げになるような者どもも、尭舜のあらわす政道を惑わすことができなかったのでございます」

 

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