【歴史物語】一生を託してくれた妻に報いる

晏子(あんし)は、春秋戦国時代の斉国の賢明な宰相であった。斉の国王・景公の愛娘が晏子に嫁ぐことを望んだことから、景公は晏子の家に出向いた。二人が酒を飲んでいるとき、景公は一人の夫人を目にして、晏子に尋ねた。「あの女性はそなたの妻か?」 晏子が「その通りです」と答えると、景公は、「ずいぶんと老いているし、醜い。わしの愛娘は若くてきれいだ。わしの娘を娶って、そばに置いてはいかがかな?」と言った。

 すると、晏子は席を立って、恭しく言い返した。「妻は今、確かに年をとって醜いですが、若くてきれいなときに私に自分の一生を託してくれました。私はそれを受けて、これまでずっと一緒に暮らしてきました。君主は今私に愛娘を授けて下さろうとしていますが、私はどうして妻の私への信頼に背くことができるでしょうか?」晏子は何度も拝礼をして、君主の申し出を断った。

 ある日、田無宇という官吏がやってきて、晏子に、「あなたはすでに中卿の位まで上り、領地の税収も70万もあるのに、どうしておばあさんのような女性を妻にしているのですか?」と尋ねた。

 すると、晏子はこう答えた。「年老いた妻に暇を出すのは反乱と同じであり、若い妾を娶るのは淫蕩だ、と聞いたことがある。色香のために大義を忘れ、富貴によって人倫を無くすのは、古来の道徳に反する行いだ。私にどうして、そのようなことができようか?」

 またある日、一人の貧しい女が晏子のところへやってきて、妾の一人に加えてほしいと言った。

 すると、晏子は、「私は、今日はじめて自分が聖賢でないということに気が付いた。古来、朝政を司る者は、読書人や農夫、労働者、商売人にそれぞれ、己がいるべき場所に身を落ち着かせ、かつ男女の間には互いにけじめをつけさせた。そのため、読書人は邪悪な行為をせず、女はみだらなことを行わなかった。ところが、私が国や庶民を管理している今、女が私の妾になりたいと言ってきた。きっと私に、好色な態度や清廉でない行いがあったに違いない」と言って自らを戒め、その女を受け入れなかった。

 

(『晏子春秋』より)

 

 

 

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