NHKにもの申す
NHK会長 橋本元一 殿
思えば公共放送NHKの会長職にご就任以来、橋本会長には数々の受難続きでありましたこと、まずはお悔やみ申し上げます。
本日1月11日の新聞各紙によれば、何でもNHKの受信料支払いが(2割値下げするとはいえ)テレビを所有する国民すべてに義務化されるとのこと。
「本当にそんなことできるのですか?」と、新年早々から暗雲たちこめる貴局の前途には、一国民として同情を禁じ得ません。
まあそれにしても貴局は、どうして次々と国民の信頼を裏切る不祥事ばかり起こすのでしょうか。
NHK職員による放火・大麻所持などの各事件は、聞くも情けない話ですが、一部の不心得者のしたことといたしましょう。
紅白歌合戦における下品な裸踊りも、日本の恥を世界の各メディアに流すには十分なものでしたが、これも年忘れの無礼講と、耐えがたきを耐え、奥歯に石を噛む思いでひたすらガマンいたしました。
しかし、さすがの私もこの番組の愚かさには、怒りの許容量をはるかに超えております。
1月2日放送のNHK特集「青海チベット鉄道 世界の屋根2000キロをゆく」です。
番組は、昨年7月に開通した中国青海省の西寧からゴルムド経由チベットのラサまで、酷寒のチベット高原を走る鉄道の旅を、その車内の様子から広大な車外の風景まで余すところなく映し出しています。
厳しい自然環境のなかで撮った映像の美しさは、それなりに評価していいでしょう。
現地取材の段階で、中国側の制約があったことも想像できます。
しかし断じて許し難いのは、ここに至るまでのチベットの悲劇の歴史と、その鉄道が作られた政治的意図について、番組製作者として全く不問のまま日本の視聴者に提供してしまっている点です。
これではまるで中国共産党の宣伝番組ではありませんか。
ちなみに番組中にでてくる声のいくつかを拾ってみましょう。
「構想50年、凍った大地を突き進む建設は困難を極めました」(ナレーション)
「鉄道の開通は、人々の生活と物流に変化をもたらそうとしています」(ナレーション)
「チベットは中国で一番神秘的な場所です」(列車の乗客)
「青海チベット鉄道の建設計画は1955年に始まりました。鉄道建設のため、チベット高原の測量や地質の調査が繰り返し行われました。当時はまだ凍結した土壌に線路を引く技術はありませんでした。比較的標高の低い西寧~ゴルムド間だけが1984年に開通しました。(中略)90年代、内陸部の発展を目指す西部大開発の一大プロジェクトとして計画が再開。総工費4500億円をかけて、2001年の建設開始からわずか5年で全線開通にこぎつけたのです」(ナレーション)
「現場は富士山より高い、標高4600メートル。空気の薄い中、作業員は酸素ボンベを背負いながら建設に臨みました。(中略)青海チベット鉄道は、こうした数々の困難を克服して開通に至ったのです」(ナレーション)
「絶滅が危ぶまれている国家1級保護動物のチルーは、北京オリンピックのマスコットにも選ばれています。青海チベット鉄道は、こうした野生動物の生息環境を極力壊さないように配慮して建設されました」(ナレーション)
いちいち引用するのもうんざりしますが、まあ、愚かな将軍様を褒めちぎる北朝鮮のテレビ番組と大差ないものでしょう。
要するに日本の公共放送は、「チベットは中国である」という中国側の前提を疑うこともなく、昔の中国のニュースフィルムを流しながら、鉄道建設の困難に勝利した英雄的功績をこれでもかと並べ立てるのです。ナレーションを担当したNHKのアナウンサーは、北京の中央電視台に派遣されても立派に務まるのではないかと思われます。
アナウンサー個人の罪でないことは分かっていますので、皮肉の種にするのは気の毒かも知れませんが、いつまで待っても肝心の事をちっとも言ってくれないのは、視聴者として実に歯がゆい限りなのです。
番組中、チベット仏教に篤い信仰をもつチベットの人々が、巡礼に訪れたラサのポタラ宮に向かって五体投地の拝礼をする場面がありました。
そのナレーションで「市街の中心部にそびえるポタラ宮です。チベット仏教の法王ダライ・ラマが代々暮らした宮殿です」と、そこまでしか解説しないとはどういうことでしょうか。
なぜあと一言、「中共軍の侵略によって、ダライ・ラマ14世は海外亡命を余儀なくされました」と続かないのですか。橋本会長、お答え下さい。
NHK取材班から「ポタラ宮は、あなたにとってどんな場所ですか」と「中国語」で質問されたチベット人の老翁は、表情を曇らせ「言葉では言い表せません」と答えていました。取材班に深い考えがあっての質問なのか、無知なだけの愚問なのかは定かではありません。しかし私の目には、その時の老翁の悲しげな表情が焼きついて離れないのです。
誰でも知っている常識的なことを書きましょう。
チベットは、歴史的に見ても一度たりとも漢民族の版図に入れられたことのない、完全に独立した、豊かな宗教文化をもつ平和な国でした。元朝や清朝による一時的な支配を受けたことはありますが、それは「ゆるやかな支配」であったとともに、いずれも漢民族による統治ではなかったのです。
1911年の辛亥革命で満州族の清朝が倒れ、漢民族の中華民国ができましたが、その領土にチベットは全く属しておりません。この時点で、チベットは独立国だったのです。
中国共産党によるチベットへの大侵略が始まったのは50年代です。
51年には首都ラサを制圧。各地で僧侶や一般民衆を虐殺し、多くの寺院や文化遺産をことごとく破壊するとともに、インドとの国境紛争も起こしています。
現在インドにあるチベット亡命政府の発表によれば、中共軍の侵攻から79年までだけでも、120万人のチベット人が殺害されたといいます。これは全チベット人口600万人のうち、5分の1が犠牲となった計算になります。人も、文化も、歴史も、すべて破壊されました。破壊者は、これを「解放」と称しています。
そのチベットで88年から92年まで、自治区共産党委員会書記として弾圧の旗振り役だったのが現国家主席・胡錦濤であることは、橋本会長もご存知の通りです。(よね?)
チベットに対して、中国共産党が一貫してとってきた政策が暴力的支配による同化政策であることは、現在でも全く変わりません。
その政治的野望の最たるものが、この巨額の建設費を投入して作られた青海チベット鉄道であることは明白ではありませんか。
経済的に遅れた内陸部を発展させるという名目の「西部大開発」も、チベットに関して言えば、本来侵略して奪った他民族の土地を「ここは中国の領土だ」と強弁するための口実に過ぎないのです。
鉄道の開通によって漢民族の商人がなだれこみ、チベットへの経済的侵略が始まることは言うまでもありません。映像には、浙江省の商人グループが市場調査に来た様子をとらえていましたが、それによって「チベット人の生活が豊かになる」という近視的なプラス面しか番組は伝えていませんでした。
この度のNHKの番組は、歴史的なチベットの悲しみを完全に無視し、踏みにじるものでした。私は、日本国民として誠に恥ずかしく、貴局に対して強い憤りを覚えます。
以上の理由から、中国共産党の日本支局になり下がったNHKに対し、私個人の意志と責任に基づいて「受信料支払い停止」を宣言し、これを直ちに実行いたします。
貴局が法的手段に訴えるというのなら、受けて立ちますよ。橋本さん。
2007年1月11日
参考文献 『諸君』2006年2月号より、酒井信彦氏の文章
『マンガでわかる中国100の悪行』 晋遊舎