【書評の「本」懐】『愛すべき名歌たち』阿久悠著(その一)

【大紀元日本2月23日】前川清さんがった『おいしい水』(阿久悠作詞)は、「十字路の迷い子たちよ 、それはおとな」と呼びかけます。十字路を急ぐ都会のおとなは「ただ今日を生きるおもいに、喉が渇く」のですが、なぜ喉が渇くのか分かりません。阿久悠さんは「愛の水があったなら、心やさしくなれるのに」と気づきました。

そのことを『おいしい水』という歌にしました。愛の水をおいしい水としたのは、阿久悠さんが愛を届ける思いやりです。そして分け合う水を半分ずつにすれば、人と触れ合うチャンスが生まれます。「ハートを少し濡らし、半分涙で流して、さびしさ分けあえる人に、声をかけてみよう」と提案します。おいしい水を分かちあう人を、見つけることが渇きをいやす確実な方法です。でも、おいしい水はどこから沸き出ているのでしょうか?

歌はつづきます。「たたかいに向かう顔して、だれも急ぐ、その先に何があるのか、あてもなくて」。阿久悠さんは、あてもなくさまよう時代の十字路の先に目を凝らします。渇きをいやすおいしい水が、時代のうしろに置き去りにされているのを発見します。「愛の水を口にして、はずむ心を取り戻し」てほしい。これが阿久悠さんの歌のちからが発する願いです。分かちあう人を十字路で見つけ「心を少し語れ、半分だけでもいいから、そのときふり向いた人に、笑いかけてみよう」と時代に呼びかけます。

歌のエンディングは「迷い子たちよどこへ、迷えるままでは走るな、やさしい時代まで戻り、歩きだしてみよう」とムカシを振り返ってみることを勧めます。おいしい水を分かちあったムカシが、誰の部屋にも転がり込んでいるはずだからです。

そんなあたりを、都はるみさんが文字どおり『ムカシ』(阿久悠作詞)で歌いました。作曲・宇崎竜童さんとのコンビが醸し出す、跳びっきりおかしみのある曲です。「ムカシ ムカシ そのムカシ、いいことばかりがあったそな、ほんとに ほんとに いいことばかりで ムカシって凄いんだな」と怪物のようなムカシが歌い出されます。おばけのようなムカシが、きみの部屋に住みついていないか?そいつはムカシ話で、いい気持ちにする。きみを駄目にしてしまう、かも知れない。「気をつけなよ、ムカシって奴だよ」とやんわり但し書きの脅かしが入って、ムカシに向き合う心をためして揺さぶりをかけます。そして畳みかけるように「今でもいい 追い出してしまえ、君は明日を捨ててしまうぞ」とムカシとの決別をけしかけていますが、どうやら本心の勧めではないらしいのです。「あの日あなたは強かった あの日あなたは偉かった あの日あなたは華だった」と、寝返るようなストレートさで、明日を捨ててでも転がり込んできたムカシを直視するようささやきます。

1999年の世紀末に引導を渡してまとめられた『愛すべき名歌たち』には、昭和を代表する約100曲が収められています。「湖畔の宿」(高峰三枝子・昭和15年)から「川の流れのように」(美空ひばり・平成元年)まで、阿久悠さんの思い出と世紀末までの時代を証言する歌謡曲の数々が、小気味よく論じられています。「おいしい水」と「ムカシ」の歌謡史が、阿久悠節の快刀乱麻のお筆先で紐解かれているのです。

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