【エンタ・ノベル】麻雀の達人(2)-祖母の血脈、不敗の盲牌-

【大紀元日本6月15日】満福が関帝廟での日課の祈りをすませる午後の昼下がり、見透かしたように携帯が鳴り始める。「はい、金ですが…いつものように朱雀の宿で…分かりました」。中華街の麻雀仲間から誘いが来る。朱雀とは、隠語で南門付近にある雀荘という意味だ。満福は、街の雑踏を避けるようにいそいそと南門付近の場所へと急ぐ。

既にこの時間ともなれば雀荘には空気と時間がゆったりと流れ、人影もまばらな卓には既に三人の中年男が席について瞳を輝かせている。いずれも満福と同じように中華料理屋の店主ばかりだ。「今日こそは、不敗の将軍様を負かしてみせるぞ!」。広州楼の主人・李が吼えて見せる。レートは毎日のように打つ方ではあまり高くなく、10点1円程度、ハコで2千700円ぐらいなのだが、今日は廟の祭りも近いということで1点1円の勝負だ。

満福が席に着くと、四人の男たちは待ち兼ねたように牌を掻き混ぜ始めた。四人の洗牌の呼吸と手の動きが合っているようなので、知り合いの間柄であることが分かる。半荘を終えてついに南場の最終局を迎えたが、満福にはいつものツモ切りの冴えがなく二万点近い負けが込んでいた。

満福の対面にいる海南楼の主人・張が赤ら顔で、「いやぁ、ついにオーラスだぞ。金さんのことは若いときから知っているが、まだジャン卓に突っ伏して負けた姿を見たことがない…しかし、今日という今日はもう命運尽きたようだな」と意気を挙げる。

すると満福の上家にいる四川飯店の店主・王が、「則天武后でも逆転は無理だな。魏延の無礼講でもあれば話は別だが…」とつぶやく。満福の下家の山東楼の主人・趙は、「国破れて山河あり、城春にして草木深し…」と、何やら漢詩を口ずさんでいる。

満福は一同を見渡すと、サッとアイマスクを取り出しそれを被り、「では、自分は見ざる、言わざる、聞かざるの…悟空に徹しましょうか」とおどけてみせると、卓の牌を掻き回し始めた。「…おぅと!敵は背水の陣の韓信になったようだぞ」と王が誑かす。

北家で南場の最終局を迎えた満福は、一同の気が緩んだその瞬間を見計らって大三元の字牌を自らの手の内に仕込んだ。素人には気づきにくい早業の「積み込み」の裏技だ。満福が自らの手の内を理牌し、盲牌すると「発」「中」「西」がアンコになっており、「白」と「南」が二枚づつの両面待ちの必勝体制が既にできている。

満福は、盲牌を確認すると、闇テンのまま周囲の気を読み取る。すると、その脳裏に相手の手牌が浮かび上がってくる。「…(東家には、字牌がないな、タンヤオ狙いか…テンパイにはまだまだだなぁ)…(南家の対面は、一番早い手はチートイツだな、白が浮いているな、もし次の手で白を積もらなければ出るな)…(西家は軽い手を狙っているな、しかしバラバラな手だ)」。

東家のイーピン切りに続いて、南家である対面の張がツモッた。張は、顔を少ししかめるとそれをごそごそと手牌に組み入れ、聴牌に入ったのか迷わず白を場に切った。「ロン!人和…大三元…字牌清一…」、ここまで満福が言うと一同は固唾を呑んで手牌を覗き込んだ。盲牌でツモあがりはありえても、切った牌であがるなど毛頭考えられなかったからだ。

満福は、アイマスクを取り外すと照れ笑いを浮かべ、「あれぇ、死せる孔明が、生ける仲達を走らせたようですよ」とおどけて見せた。満福は、またトップ賞を受け取ると、千円札何枚かを卓に置き、「これで皆さん、朝粥でもやって下さい。もう朝がとっくに明けてますので…」といって卓を後にしようとした。

一同があまりに、どうしていつもこうなのかと説明を請い求めるので、満福は祖母のことを話し始めた。「…実は、私の祖母は青森の人で、若いときは恐山イタコの修行をしていたのですが、あまりに修行が厳しいのでついていけなくて、夜行で上京して上野に出てきたんです…」。

「それで、上野のアメ横を眺めているときに、横浜から来ていた祖父を見つけ、こう言ったそうです。あ、あそこの男の人に神様がついている!ぅってね。それで、祖父に言い寄ったそうです、あなたと結婚させてくれってね。祖父は料理人だったので、祖母は一生食べるには苦労しなかったでしょうが、途中で空襲もあったりして、大変だったことでしょう…」。

負けた三人は、この説明を聞くと何か鼻白み、少し論議をすると「何か、この金さんには、神様のようなものがついているに違いない…」と結論付けて妙に納得した様子で、疲れた脚を引きづるようにして帰路についた。

(続く)

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