【大紀元日本7月17日】孔子の弟子・子思は、衛王の振る舞いがよくないにもかかわらず、大臣たちがそれを大目に見ていると感じた。そこで、子思は朝廷で、「衛国の大王は大王たる振る舞いがなく、また臣下は臣下らしい振る舞いがない」と述べた。
公丘懿子は、なぜそのように述べたのかと子思に詰問したところ、子思は、次のように答えた。
「もし王が自分はいつも正しいと思うならば、彼に対して意見を言う者はいなくなるだろう。たとえ王の振る舞いが正しかったとしても、他人の意見をいつも聞かないのであれば、他人からの忠言などにはなおさら耳を貸さなくなる。大臣たちがいつも大王の意見ばかり尊重するなら、間違いは正されなくなるだろう。」
「すると、大王は大臣たちが述べるお世辞に溺れ、やがて善悪や誤謬を見分けることができなくなる。このままいけば、国家は揺らぎ、民衆の不満が募っていくばかりとなる。大王と大臣たちは、皆自分達は正しく行っているという幻影の中で生活するようになり、それが臣下達にも波及する。臣下たちは空虚なお世辞を言うことで利益を得るということを学び、大臣らの間違いを正すことはしなくなる。このような状態で、どうやったら国を治められるのか。」
そこで子思は、衛王に「このままいけば、この国は破滅する」と率直に述べたのである。
中国のことわざに、「小川や河川が集まって、最後には大海となる」という言葉がある。他人の意見は、この小川や河川に例えられるかもしれない。自分が全て正しいと思っている人は、方々から流れてくる川を堰きとめてしまう。たとえ海がどんなに広く、豊かな水を湛えていたとしても、小川や河川が自由に注ぎ込まなければ、いつか海は干上がってしまうだろう。
いつでも「自分は正しい」と思い込む人は、実は無知で利己的である。少しでも人間として成長したいならば、他人の意見に対して、謙虚に耳を傾けることだ。
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