【大紀元日本3月16日】「節電」という言葉を、久しぶりに聞いたような気がします。
今から38年前の1973年、オイルショックという世界的な社会現象がありました。
要するに、第4次中東戦争の勃発により、産油国から送られてくる石油が不足するというので、エネルギー消費を減らすための「節電」がさかんに叫ばれたのです。
それから、どういう脈絡かさっぱり分からないのですが、民衆が商店に殺到してトイレットペーパーや洗剤を買いあさるという狂想曲に踊らされたのです。
今でこそ、地震災害への対応が冷静沈着で世界的評価の高い日本人ですが、38年前のこの時は、恥ずかしながらトイレットペーパーめがけて暴走する「猛牛の群れ」でした。
ご記憶にある人は、私と同じ年代かそれ以上の方だと思います。とにかく「不安」という悪魔のささやきに振り回された時、私たち人間がいかに弱く、もろいものかを、見事に露呈したのがこの騒ぎでした。
私たちは、あふれるほどの便利さの中に生きています。しかし、その便利さにぶらさがってばかりいると、いつか(あるいは今かも知れませんが)必ずその便利さから復讐を受けるでしょう。
先日の大地震が起きた時、津波の被害こそありませんでしたが、東京都内は交通がマヒし膨大な数の「帰宅難民」を生みました。
携帯電話が全く通じない、それで命が取られるわけではないのですが、人々は大きな不安を感じました。日本人は秩序正しくすばらしかったと、他国から大層ほめられてはおりますが、過剰な称賛にうかれてはいけないようです。
あと少し「不安」の力がまさっていたら、日本人もパニックを起こしていたかも知れません。
その意味においても私たちは、「便利さ」と、ほどほどの距離を保って今後つきあっていきませんか。「あれば便利だけど、なくてもできるよ」というぐらいが丁度良いようです。
あるいは、少し昔の日本人の方法のほうが、おいしかったり、仕上がりが良かったり、健康的だったりすることも多いのです。
そんな「心の節電」は、平時はもちろん、非常時にも結構頼りになるものです。
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