恨み、悲しみ、苦しみはこの世の常。それらは全て、目に見えない因縁関係に由来しています。しかし、人々を縛るそれらの宿命を変える方法がないわけではありません。広大な寛容と忍耐だけが、恨みを解き放つことができ、宿命を変えることができるのです。
清朝の頃、鄒平県に蘇成(そ・せい)という男がいた。彼は貧しい人々に施しをするなど、善良な人物として知られていた。
ある夏の日、蘇成は家路につく途中、大きな柳の木の下に座って休憩をとっていた。すると、西の方角から盲目の老人がゆっくりと歩いてくる。老人は柳の下で立ち止まると、独り言を言った。「やれやれ、今日は全くお金を得ることができなかった。どれ、少しこの柳の木の下で休んでいこうか。この木の将来でも占ってやろう」
すると、老人は呟いた。「ああ、なんとも悲しいかな。この木はもうすぐ死ぬ運命じゃ。まるで死期が近づいた人間の運命を占ってしまったようだ」。老人は首を振り、ため息をつきながらその場を立ち去った。
蘇成は老人の言葉には気を留めず、しばらく休憩をとっていた。すると、ノコギリを手にした2人の男が柳の木に近づいてきた。彼らは、柳の木を切りに来たと話す。
蘇成は驚いて言った。「この木は道端にあって、通行人が日影で休むのにとても役立っています。なぜこの木を切ってしまうのでしょうか?」
「そりゃ、しょうがないだろ。この木の持ち主が俺たちに売ったんだからさ。他にどうしろって言うんだ」
「それならば、私があなたたちの買値より高い値段でこの木を買い取りましょう。そうすれば、この木を切らずにいてくれますか?」
「もちろん、それなら問題ないぜ。よし、決まった」
蘇成と男たちは約束し、後日、木の売買を完了させた。
蘇成はその時にふと思った。「盲目の老人は、木が切り倒される運命であることを知っていた。彼はきっと、神に違いない。神ならば、すべての運命を知ることができるからだ。しかし、なぜ私がその木を救うことを予見できなかったのだろうか?」
蘇成は再び柳の木の下で老人に出会うと、おそるおそる聞いてみた。「なぜ、木が救われるということを言わなかったのですか?」
老人は頷きながら言った。「わしは確かに木が切り倒されず、救われることを知っていた。しかし、昨今では木を救うような、善良な人物は少ない。そこで、わしは木が救われるという結果にすぐに飛びつきたくなかったのじゃ」
蘇成は言った。「その木を救ったのは、私です」
老人は頷いた。「お前さんは、とてもよい行いをした。よい行いを重ねれば、災難を回避することができる」
「ご老人、私の運命を占っていただけますか?」
老人は厳かに言った。「お前さんは今日の午後、とても稀な、そして奇妙な災難に遭う運命だ。しかし、お前さんは木を救ったことにより、少なくない徳を積んだ。もしかしたら、その徳により、災難を回避することができるかもしれん。よいか、忍耐するのだぞ。そうすれば災難から逃れることができる」
蘇成はそれを聞くと、急いで家に戻った。彼が部屋の扉を開けると、なんと妻が見知らぬ若い男とベッドで寝ている。蘇成は気が動転し、二人を殺そうと逆上しながら刀を探した。しかし、突然、老人の言葉が頭をよぎり、彼は怒りを抑えた。
彼は冷静になり、静かに妻を起こした。「お前、一体誰と寝ているのだ?」
妻は蘇成を見ると、嬉しそうに言った。「これは、私たちの娘ではないですか。今日は私の誕生日。息子がいないのは私にとって恥だと言ったら、この娘はわざわざ息子の格好をしてくれたのですよ」。男装した蘇成の娘は、恥ずかしそうにうつむいた。
蘇成は、ほうっとため息をつきながら妻に言った。「あの老人の忠告がなければ、私は、もう少しでお前と娘の両方を殺してしまうところだった」。そして、彼は妻と娘に柳の木の話を聞かせたのだった。
解鑑「益智録」より
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