心を試す石
中国湖北省の武当山(ぶとうさん)には36の岩があるが、南岩はその中で最も険しく奇抜な景勝地である。南岩の右側に聳え立つ峰が有名な飛升崖で、飛升崖から突き出ている巨石は「心を試す石」と名付けられている。
言い伝えによると、昔、瓜二つの双子の兄弟がいた。長男は誠実で優しく、喜んで人を助ける人柄であるのに対して、次男は食いしん坊の怠け者で、こそ泥を働く人物だった。
ある日、次男は隣家が家を空けたことを知り、その家に忍び込んで盗みを働こうとした。しかし、家の中を覗き込もうと頭を伸ばした途端に、隠れていた隣人に何かで左目を傷つけられ、失明した。それからは、長男と次男は一目で見分けられるようになった。長男から改心するよう厳しく注意された次男は、心を改める事を承諾した。それから、神々に心を入れ替えたことを報告するために、2人は武当山に向かった。
途中、白髪の老人に出会った。腰が曲がり、ずしりと重い袋を背負っている老人は、自分は泥棒だったが、反省して更生することにしたと語った。そして、線香の代わりに盗んだ金を真武大帝に捧げるという。次男も自分の過ちを話した。老人は「神様は過ちを改める人を許し、言行不一致なことを恥じるのだ」と微笑んだ。話しているとき、老人の袋から2個の大きな金貨がポロリと地面に落ちた。ピカピカ光る金貨を見た次男はまたもや貪欲な心が生じた。しかし、長男がいち早く金貨を拾い、老人に返した。老人は長男に「あなたは良い人だ。この金貨を差し上げましょう」と金貨を差し出した。長男は、理由もなく金貨を受け取ることはできないと拒んだ。それを見た次男は、心の中で長男を嘲笑った。
3人は、断崖絶壁に沿った細い道を歩き続けた。長男は老人の歩行に付き添い、面倒を見ながら歩いた。一方、次男は如何にして金貨を手に入れようかと考えを巡らせていた。飛升崖に着くと、老人が疲れと喉の渇きを訴えたため、休むことにした。長男は飲み水を探しにそこを離れた。この隙に、次男は老人を崖の下に突き落としてしまった。
しばらく経って、長男が戻って来た。彼が老人の姿がないことに気づくと、次男はありのままを告げた。心を痛めた長男は自分が弟を信用したが故に、老人が犠牲になったと自分を責めた。次男を叱責し、無念のあまり崖に身を投じた。一方、金貨を独り占めすることができた次男は、小躍りして喜んだ。しかし、袋を開けて見ると、中身は金貨ではなく、ただの大きな石だった。
すると、空中から老人の笑い声が聞こえてきた。なんと、長男と老人が雲の上に立っているではないか。老人は袋に入っている石を指差して、「わしが背負っていたのは金貨ではなくて、『心を試す石』だったのだ」と笑いながら言葉を残した。
その後、武当山・南岩の「心を試す石」は有名になった。
(翻訳編集・蘭因)