中国伝統文化百景

道を失って堕落した殷からの誡め

紂王の無道による殷の堕落

商(殷)(前1600頃~1046年)は天乙(湯)から帝辛(紂王)までの30代を経た。殷の後期に入ると、次第に先王の道から逸れてしまい、紂王の代にいたると、道を完全に失い、堕落しきった。

帝甲は淫乱であった。帝武乙になると、無道の状況がより深刻になった。彼は人形をつくってこれを天神とよび、これと博(すごろく)をすることにして、人に天神の代行をさせた。そして天神が勝たないと侮辱した。また、革の嚢(ふくろ)をつくって血をもり、仰いでこれを射て、「天を射る」といって遊んだ。しかし、この武乙が黄河と渭水の間で狩猟したとき、にわかに落雷があり、彼は雷に打たれて死んだ。

その子の帝太丁が立った。帝太丁が崩じて、その子の帝乙が立った。帝乙が立ってから、殷はますます衰えた。帝乙が崩じて、少子の辛が立った。これが帝辛であり、人々が紂とよんだ暴君である。

紂は弁舌さわやかで動作もすばしこく、見聞きして物事の本質をつかむことに敏く、才能も腕力も人より優れ、手で猛獣を打ち倒すこともできるほどの勇者であった。しかし、紂は天下の名声を得ていると思い込み、非常に傲慢だった。

紂は酒を好み、淫楽に耽り、妲己を寵愛した。妲己の言うことには何でも従い、音楽師の涓に命じて、淫らな歌謡「北里の舞」や「靡々の楽」などを作らせ、娯楽に耽った。

紂は賦税を重くして、鹿台(ろくだい)に金銭をみたし、鉅橋という倉に穀物をみたし、沙丘という離宮の苑や台をさらに拡張して、野獣や飛鳥を大々的にとらえてその中に放った。鬼神を侮り、群臣官女をあつめて沙丘で遊びに耽った。酒で池をみたし、池の周囲の木々に食肉をかけ、男女を裸にして鬼ごっこをさせ、夜を徹して酒宴を催した。

紂の暴政と乱倫に対し、民は怨み、諸侯のうちには背くものも現れた。すると、紂は刑罰を重くし、「炮烙の法」などをつくった。

殷には、三公とよばれる主要な大臣の西伯昌、九侯、鄂侯がおり、紂に仕えた。九侯には美しい娘があり、これを紂の室にいれていた。九侯の娘は淫楽を好まなかったため、紂は怒ってこれを殺した。更に、九侯を肉醤(ししびしお、処刑後の死体を塩漬けにする)にした。鄂侯は、言葉を尽くして紂の非を諫めていたが、紂は鄂侯をも干し肉にしてしまった。このことを聞いて、西伯昌はひそかに嘆息した。しかし、このことは密告され、西伯昌は紂に幽囚された。

三公を廃した後、紂はへつらいがうまくて利益を好む費中、讒言してきずつけることがうまい悪来などを登用した。そのため、諸侯はますます殷と疎遠になった。

西伯昌の臣たちが美女、珍奇な物品、名馬などを紂に献上すると、紂は西伯昌を釈放した。炮烙の刑を免ずるために、西伯昌は洛西の地を紂に献上した。西伯昌は帰国してから、ひそかに徳をおさめ、善政をおこなった。そのため、諸侯は多く紂に叛いて西伯に帰属した。西伯の威望がひましに大きくなり、紂は次第に権威を失っていった。

朝廷を乱す九尾狐の妲己

紂王はなぜそれほど無道、淫蕩、暴戻になってしまったのか。諸因がある中で、妲己の誘惑や攪乱が最大の要因であるといわれている。妲己は紂王を惑わすだけではなく、殷の社会や朝廷を乱し、殷王朝を崩壊させたのである。

 

『国語』晋語によれば、史蘇(史官の蘇)が大夫たちに女戎に警戒せよと注意している。彼のいうには、乱は必ず女戎、すなわち色香をもって攻める女性兵が端緒となり、王朝は崩れていく。夏も殷も周もみなそうであった。殷の辛が有蘇を討ったが、有蘇が妲己を献上した。殷の辛は妲己の色に耽っていたため、殷が滅ぼされたのだと指摘する。

中国の婦女の事跡を記述する伝記的史書『列女伝』(漢の経学者・文学者の劉向の著)孽嬖伝に、妲己についての記載がある。内容は『史記』などと大同小異であるが、儒教道徳を基準にした女性のための教科書においても、あえて妲己を取り入れたことからも、妲己による攪乱の甚大さやその教訓の深刻さがうかがえる。

妲己は古来、妖狐であると伝えられている。元代の歴史講談小説『全相平話』の一節「武王紂を討つ平話」の中で、妲己はきつねの成り変わりとされ、『千字文』の「周が殷の湯を討つ」の注で、国を傾けた妲己は実は九尾狐であり、紂を誘惑したとする。明代の小説『封神演義』では、妲己は千年の狐狸の精として登場している。その千年の狐狸の精は、冀州侯の蘇護の娘、蘇妲己の魂を奪って妲己になりすまし、紂王を堕落させ、殷の朝廷をさんざん撹乱し、殷を滅ぼしている。

こういった記載や伝説により、妲己は中国文化思想において、単に美しい悪女、魅惑的な女性であるだけではなく、男を狂わせた妖女、すなわち倫理道徳を堕落させ、人々を惑わすための妖狐であるとされている。この造形はもはや不動のものになり、中国通俗文化において警告の作用と意義がきわめて大きい。

(2016年4月8日の記事を再掲載致しました)

                                                               (文・孫樹林)

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