中国古典

憂患に生き 安楽に死すとは

中国の思想家、孟子は紀元前三百数年前、「憂患に生き 安楽に死す」と人々に警告したことがあります。しかし、わたしたちは往々にして気の向くまま、欲望の赴くままに流されてしまい、享楽にふけり、苦難を避けようとしているため、結果的には誤った人生を歩んでしまうことも多いようです。

  『孟子・告子下』の記載にはこう書かれています。上古五帝の中の一人、舜(しゅん)[1]は農民出身であり、殷商王朝の有名な賢臣の傅説(ふえつ)は建築現場の左官から抜擢され、周文王が紂王に推薦した重臣の膠鬲(こうかく)は、魚や塩を売る商売人の中から選ばれました。また鮑叔牙(ほうしゅくが)が齊桓公(さいかんこう)[2]に推薦した重臣の管夷吾(かんいご)は、牢獄から釈放された後に任用され、中国歴史上の有名な宰相となり、春秋時代の楚国の有名な宰相の孫叔敖(そんしゅく ごう)[3]は、海の岸辺で隠遁生活をしていたところ荘王に抜擢され、秦穆公(しんぼくこう)の賢臣の百里奚(ひゃくりけい)[4]は奴隷市場で身請けされ、そして重用されました。

天がその人に重大な責任を任せようとしている時、必ずまず先に彼の内心に苦痛を与え、彼の筋骨を労せしめ、飢餓を嘗めさせて体をやつれさせ、金銭の面においても困らせて貧困を味あわせ、彼の行う事を順調にさせず、錯乱させてしまうように仕向けているはずです。これらの出来事によって彼の内心を震撼させ、掻き乱し、 揺さ振ることにより、心身が鍛え上げられ、もっと強靱なものになり、彼の今までに埋もれていた才能や才覚を開花させることになると孟子は書いています。

孟子はまた次のように語っています。「人はよく間違いを犯したことで、はじめて今後を正すことができます。困惑し、思慮が塞がれてしまうと、そこから奮い立つことができます。気持ちは顔に現れ、話し声からも感知することができ、それらを通じて人にようやく理解されます。よって、憂慮苦難は人を鍛え上げ、安逸享楽は人をダメにします」

  現代の中国では物質的にが豊かになり、多くの人は生まれてからほとんど苦しみを嘗めたことがなく、大多数は一人っ子のためハニーポットの中で成長してきたので、次第に利己的で、好き勝手に振る舞い、強気な性格を身につけて、「憂患に生き 安楽に死す」の道理がなおさら分からないのです。多くの人の観念の中で、楽しさを追求することは当たり前のことだと思い、間違って「働かずに利益を獲得すること」や「一夜にして有名になること」、「贅沢の限りを尽くすこと」を人生の価値観として追い求めています。多くの若者は努力をしたくない上、よく不平不満をこぼし、生活の中でちょっとした苦難に会えば、また、仕事の中でほんの少し多く働くと、すぐに心が穏やかでなくなりバランスを崩してしまい、自分が大きな損失をこうむったと感じます。

実は苦しみを嘗めることは、悪いことではありません。現実から言えば、苦難は人の意志を練磨することができ、それによって内心が強靱になり、将来の成功に結びつきます。

 

  事実、本当に人に有益なことは、その大半が人に心地が良くないと感じさせるものです。例えば、朝のトレーニングなどは疲労しますが、身体の健康を保つことができます。上司の部下に対する厳しい指摘は、不愉快に感じますが、しかし、おろそかにせず効率の高い人材を育成することができます。また、「孔子曰く、良薬は口に苦けれども病に利あり、忠言は耳に逆らえども行いに利あり」と言われているように、良薬は口に苦いけれども、よりよく病気を治すことができ、真心を込めていさめる言葉や忠告は、聞く側にとっては辛いもので、なかなか素直に受け入れられないものですがよく行うことができます。

  もっと奥深いことに言及すれば、人は業力[5]を持っていることが分かります。業力があるからこそ苦痛や苦難があります。そこで、人は苦しみに耐える時に業力を消去することができます。もし、人が世の中で幸せに暮らしているだけで、苦しみが何もないようでしたら、最後には悪い結果になる可能性が大きいのです。はっきり言いますと、「苦難があれば早めに業力を消去し、病気があれば早いうちに治療し、苦しみがあれば早く嘗め尽くした方がいいのです」、すなわち、これらは皆良いことであり、悪い事ではないということです。

(出典 明慧ネット)

 

[1]中国神話に登場する君主で、五帝の1人であり、儒家により神聖視され、堯(ぎょう)と並んで堯舜(ぎょう・しゅん)と呼ばれて、聖人と崇められた人物

[2]春秋時代・斉の第16代君主

[3]中国春秋時代の楚の公族

[4]中国春秋時代の秦の宰相

[5]悪い行いをすることによって生じた悪い応報の因となる力

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