大やけどを負い密航した男性 彼の壮絶な過去とは
およそ2000年前、ローマの大王ネロによってキリスト教徒たちが弾圧を受けていたのはご存じでしょうか。火あぶりや動物の餌にするなど、迫害は凄惨を極めました。
一方、現在中国では法輪功学習者に対して、それに匹敵するほどの残虐な弾圧が行われています。カナダの人権弁護士デービッド・マタス氏が形容する「胸が悪くなるような邪悪の形式…この地球上で前例のない」迫害とは一体何なのか。
一般のニュースでは決して報道されることのない、法輪功迫害の実態をシリーズでお伝えします。
自力で中国を脱出した男性
中国出身の覃永潔(タン・ヨンジェ)さんが法輪功の修煉を始めたのは1998年。翌年、中国共産党による法輪功弾圧が始まりました。「修煉を放棄する」と言うまで続く、想像を絶するほどの虐待。監禁、殴打、睡眠のはく奪、肉体的な拷問により、多くの学習者たちが亡くなりました。
2001年4月、タンさんは3人の警察官によって拷問されました。殴る、蹴るの拷問を受けても修煉を放棄しなかった彼は、最後に真っ赤に焼けた鉄の棒を足に押し付けられました。痛みと苦痛で叫び声を上げるタンさん。しかし、彼は信念を堅く守りました。
警察は足にヤケドを負ったタンさんを働かせられないので、彼に収容所の外にある果樹園の見張りをさせることにしました。二日後、タンさんは警察の隙をつき、足をひきずりながら果樹園を脱出。昼間は茂みに隠れ、ネズミが食べ残したサトウキビで腹を満たし、夜になると歩きました。
その後、タンさんはトラックの積荷に隠れ、香港まで移動。港で貨物船に紛れ込み、そのまま船底で数週間をすごしました。手元にあった水とパンが尽き、彼の肉体が限界に達したころ、ようやく到着したのは米カリフォルニア州のロングビーチでした。
船を降りた彼は、ヒッチハイクでヒューストンに移動しました。警察に助けを求めると、彼のためにシェルターを探してくれました。その後、足の傷が悪化したため、現地の病院に移送されたタンさん。医師の診断では、彼のヤケドは第三度の重傷で、皮膚移植の手術が必要でした。
入院先には多くのメディアが詰めかけ、また現地の法輪功学習者とも連絡が取れたタンさん。彼の過酷な経緯に、多くの人たちの同情が集まりました。
「中国の労働収容所は地獄だ」と話すタンさん。「ここでは、皆さんが親切にしてくれます。中国とは大きく違います」
タンさんのケースは、中国における残虐な弾圧の、ほんの一部に過ぎません。法輪功に対する弾圧は続いており、明慧ネットによると、これまでに死亡した人数は確認されただけでも4000人を上回ることが分かっています。
(翻訳編集・郭丹丹)