【紀元曙光】2020年5月21日

野口英世(1876~1928)。福島の猪苗代の生まれ。1歳のとき囲炉裏に落ちて、左手に大火傷を負う。

▼指が癒着して、手が棒のようになった。村の悪童たちから「てんぼう」と呼ばれ、屈辱を受ける。そんな清作(後の英世)が15歳のとき、米国から帰国して会津若松で開業していた医師・渡部鼎に五指を切り伸ばす手術を受け、不完全ながらも指が使えるようになる。清作は手術中、痛みに耐えるため、右手で書物を開いて読んでいたという。

▼小欄の筆者は7年前の夏に、取材も兼ねて、福島の会津若松を旅行した。その手術が行われた会陽医院(渡部医院)の建物も、見学してきた。野口英世という人は、放蕩の悪癖も少々あったが、この医院で手術を受けたことが、その後の人生の出発点となり、医学研究に邁進したことは疑いない。

▼それにしても、人はなぜ、何のために、時に命の危険が迫る病気や大けがをするのだろうか。「なぜ」については、自己の不注意のほかに、前世からの因縁による場合があるので軽々には言えない。

▼「何のために」は、どうだろう。例えば、大病で死にかけて命拾いした人は、その後の人生に「生き延びた意味」をもたせようとする。通常それは、自身の反省、父母への恩、他者への感謝、社会への貢献、と段階的に昇華する。それを悟らせるために、だろうか。

▼1928年、野口英世は実地研究していたアフリカのガーナで黄熱病に罹患。5月21日、死去した。51歳での病没は誠に惜しいが、15歳、ひいては1歳からの人生に「意味」をもたせた生き様は見事と言ってよい。