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≪医山夜話≫ (56)

第一印象

私が大学院生だった頃、次のような印象深い出来事がありました。

 ある日、講義が始まる数分前、教壇に座っていた先生は少しも気にかけない様子で本をめくっていました。そして腕時計を見て、「5分後に講義を始めるぞ」と言いました。

 この時、一人の女性が教室に入ってきました。探し物をしているようで、扉を開けて教室を見渡していました。教壇に上がって一周歩き回ると、また降りて外に出て行きました。

 そして2、3分後に講義が始まると、先生は言いました。「皆さん、先ほど入って来た女性を見たでしょうか? よし、左側一列目の一番前の人から順番に、あの女性に対する第一印象を話してみてください」

 学生全員が記憶を探り始めました。確かに、みんなは彼女が入って来たのを目撃しました。ある学生は、「彼女は20~25歳位の女性で、髪が短くてダークブルーのスカートを身につけていた」と言い、別の学生は、「彼女は40代の中年女性で、髪が長くて黒いズボンを穿いていた」と言い、またある学生は、「彼女はカンカンに怒って、とても不愉快そうでした。髪の長さや何を穿いていたかまでは注意していませんでした」と言いました。

 全クラスの学生はそれぞれの記憶を話しましたが、完全に一致した記憶は一組もなく、まるで20数人の異なる「彼女」が入ってきたかのようでした。髪型といえばショートからお下げまで、年齢にすれば若年から年配まで、いろいろな描写がありました。服の色では更に意見が分かれ、スカート派とズボン派、どちらも自分の意見に固執していました。

 この後、先生はその女性を教室に呼び戻しました。全員が目を丸くし、同時に口をつぐみました……。

 彼女の特徴を全部挙げることができた人はいませんでした。あの時、誰もがちゃんと彼女を注意して見ておらず、みんなが自分のあやふやな記憶に頼って思い描いていたのです。似ても似つかない有様を言い争い、自分の意見だけが正しいと思い込んでいたのでした。

 この10分程度の出来事は、その後の私の生活と仕事に大きな影響を与えました。私も「自分が正しくて他人が間違っている」と固執していました。

 今、臨床で診察する際には、「先入観を持ち、第一印象で判断してはならない。うわべの事に因われなければ、病の本当の原因が究明できるに違いない」と、私はよく自分に言い聞かせています。

 

(翻訳編集・陳櫻華)

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