故事

人を誤解することは容易だが、真意を知るのは難しい

後漢の頃のお話です。廬江県(現中国安徽省合肥市)出身の毛義(もう・ぎ)と東平県(現山東省泰安市)出身の鄭均(てい・きん)は二人とも誠実で温厚な人物であると評判でした。

ある日、毛義の人柄に憧れていた張奉(ちょう・ほう)という男は、故郷を離れて彼の元を訪れました。張奉が着いた時、毛義は自分を安陽の長官に任命するという文書を読んでいる最中でした。任命書を読んだ毛義は、思わず笑みがこぼれました。毛義の笑みを見た張奉は、毛義が仕官することに執着する品の無い人であると勘違いし、失望してその場を去りました。

数年後、毛義の母親が亡くなると、毛義は朝廷に辞表を提出しました。皇帝は毛義を引き止めるために彼を太守に昇進させましたが、毛義は固く辞退しました。

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