日本刺繍紅会副会長・高橋信枝氏 インタビュー 「刺繍を通して心を創る」 (下)

「誰かのためにと思うと、エネルギーが出ますよね。自分の事ばかり考えると、何か窮屈な感じがします。人と比較して、成績を良くしなければいけない。そこで、自分を責めたり、自分で自分の事を否定したり、それは一番もったいないことだと思います。そうではなく、私は私でいいんだよという気持ちを大切にしたいと思います」

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「刺繍はうまくできるかできないか、人と比較はできません。その人の手から出てきたものなので、それ自体は自己表現ですね。学校での点数や学校での勉強のような評価はこの世界ではないことですし、成績は人間として生きていくうえで重要なことではないですね。大学受験では重要かもしれません。ですが生きるための人間力というのは、学校の勉強にはなくて、文化の勉強、人との協力、ボランティアをしたりすることで磨かれていくものだと思います」と高橋信枝さんは大紀元の取材に対して語った。

ー今の中国では伝統文化が破壊されてしまいましたが…。

現在科学の進歩によって、AIなどが人間の代わりに仕事をしてくれるようになって、私たちの生活が豊かになった部分はあるでしょう。しかし、どんなにロボットが人間に代わって色んな仕事をしてくれるようになったとしても、そういうものは「心」がありません。人間の存在は魂の存在そのものだと思います。

私は今、日本人として、高橋信枝として人生を歩んでいますが、魂は不滅で永遠に存在しているものです。何度も転生していると思うのです。もしかしたら、前世はイタリア人だったり、中国人だったりしたかもしれないですね。それを思ったとき、なぜ私がいま伝統文化をやっているのかというと、やっぱりそれは人間として生きることの基礎だからですね。

自然に対する感謝の気持ちだったり、先祖に対する感謝の気持ちだったり、人間としての基礎の部分ですね。ふつう人間は”「私」が生きている”と考えることがほとんどですが、そうではなくて「生かしてもらっている」のだと思うのです。ご先祖様に生かしてもらっているし、色んな文化や自然、宇宙だったり、その全てに生かされているから、やはりその大切な文化を崩壊してはいけないと思うのです。

こんなにも人類文明が進んで、グローバルな時代でありながら、ミャンマーの事やイスラム教の戦争を見ると、人間の自我やエゴというか、「私は相手よりちょっとでも多くの利益を得たい、プライドを保ちたい」という比較競争ですよね。「自分が少しでも他人より抜きん出る存在になりたい」というエゴですね。もちろん、自我はあってはいけないものではありません。じゃないと、自分を保つことができない。でも、行き過ぎてしまうと、人を傷つけても自分が幸せになりたいと思うようになる。

もうそういう時代じゃないですね。宗教、人種と関係なく、同じ地球に生まれて来たのだから、人間として同じ価値観、同じ気持ちで一緒に幸せになるにはどうしたらいいのかなと考えたいですね。たとえば、刺繍は大体どの国にもある。不思議に文字がなくても、刺繍がある国がある。日本のアイヌ民族も言葉があるけど文字がない。文様で表しており、アイヌの伝統的な刺繍がある。針と糸で文様を創っていく作業の中に、私たちの共通の心の言語があるような気がします。

美しい物を創りたいという作り手の気持ちには、悪の気持ちがあってはいけません。純粋に美しいものを創りたいとか、人のために何か貢献したいという気持ちがなければならないと思います。だからこそ、日本刺繍を通して世界中の方々と触れ合っていきたい。中国は一度は壊してしまったけれど、私たちは何か協力してできることがあれば、喜んで恩返しに行かせていただきたいと思います。

ー日本のエポックタイムズの読者へのメッセージをお願いします。

今、コロナという新たな人類の脅威のなかで、たくさんの方の心が病んでいると聞いています。でも、逆にコロナがあったから、心があるんだな、心って病むんだなってわかるようになった。どうしたら、病んでしまった心を前向きな気持ちにさせることができるんだろうかというところに、気づき始めているのではないかと思います。

今までのように毎日会社に行って、与えられた仕事をし、生活するために働かなければいけない。それはもちろん大事なことですが、本当の自分は何がやりたいのだろうか?本当に自分が生きていると実感できると思える時はどういう時なのか?。その一つのツールとして、例えば刺繍をやってみる。コツコツと自分の手で作る喜び、幸せだったりとか、そういうものに触れながら、ただ物を作るということだけではなく、自分と向き合う時間を作ることができます。結果として「自分はどんなものにこだわったのか」、「私はこんなに自然のことが好きだった?」などなど、自分を発見するということですね。本当に本当の自分になっていただくために、刺繍は一つの方法だなと思います。

自分では刺繍をできなかったとしても、作品を飾ることで伝統文化を感じる。なかなか刺繍に触れることが少ないですから、おうちの中やオフィスの中に作品を置いていただくことで、美しいものと一緒に生活できてうれしいと感じていただけるかなと思います。

ー生徒さんの反応は?

毎日、事務仕事をしているOLの方の例ですが、日本刺繍を始めて、自分と向き合う時間ができました。最初は練習作品に取り組みました。初めての作品が出来上がった時には大きな充実感と喜びを得たそうです。すごく大変だったそうですが、これからも続けるとおっしゃいました。コロナ自粛の中で、刺繍をやることで嫌なことを忘れて集中できたという方もいらっしゃいます。

お子さんやお孫さんのお祝い着や帯に刺繍をして、お節句の時に着せてあげられた方もいます。結婚式に着る着物や帯に自分で刺繍を刺して行くと、ものすごく褒められたりします。こちらはそのつもりでなく作っていても、充実感が感じられるケースもあります。

紅会の作品

華やかで唯一無二の存在感を示す紅会(くれないかい)の作品の一部を紹介します。作品の説明はすべて高橋信枝氏によるものです。

箔地袋帯「回向返照(えこうへんしょう)」(写真・清雲/大紀元)

 箔地袋帯「回向返照(えこうへんしょう)」屏風の能扇面より。月は太陽の光を反射させて私たちに光を届けている。それは回向返照。自ら修めた功徳(善行) を他のために巡らす回向の営みそのものです。

興福院掛袱紗(こんぶいんかけふくさ)(写真:清雲/大紀元)

興福院掛袱紗(こんぶいんかけふくさ)江戸時代の五代将軍徳川綱吉公が季節の都度、愛妾お伝の方に贈られたと言い伝えのある刺繍の掛袱紗。デザイン、配色、繍技のどれもが秀逸なこの袱紗の模繍(もしゅう)を紅会では、技術習得の最終過程として制作をしています。 

興福院掛袱紗(こんぶいんかけふくさ)(写真:清雲/大紀元)

興福院掛袱紗(こんぶいんかけふくさ)江戸時代の五代将軍徳川綱吉公が季節の都度、愛妾お伝の方に贈られたと言い伝えのある刺繍の掛袱紗。デザイン、配色、繍技のどれもが秀逸なこの袱紗の模繍(もしゅう)を紅会では、技術習得の最終過程として制作をしています。

(聞き手・蘇文悦)