【掌編小説】禹王治水

中国史とは、ぶつ切りの王朝史をずらりと一列に並べた、なんとも奇妙な形状である。

 

なぜか一つの王朝が滅んでも、伝統的な精神文化は消滅しなかった。そうして20世紀半ばまで続く「宇宙」となった。

 

ただし、残念ながら20世紀の後半(区切りを明確にするなら1949年)からは、それ以前の中国とは全く異なる、言わば「魔界」に変質して今日に至っている。

 

中国では古来より「水を治(おさ)め得るものが、政治をする資格がある」と言われてきた。王朝がいくたび変遷しても、そう固く信じられてきた中国であったが、近年、その国是にもとる醜態が続いている。言うまでもなく、政治をおこなう資格のないものが政権に居座り続けているからであるが、それにしても今年は、ひどい。

 

地方とはいえ、人口1000万人を擁する大都市である河南省鄭州が、怒れる天がもたらした豪雨とダム放水の人為により、町もろとも水没した。当局は、放水の事前通告をしない。民衆は死ねと言わんばかりの、信じ難い仕打ちである。

 

鄭州市内を走る地下鉄も、高速道路のトンネルも水に浸かった。数え切れぬほど多くの人命が損なわれたことは、想像に難くない。

 

水害による実際の死者数が公表されないのは、昨年来の中共ウイルス犠牲者数が発表されないのと構造的には同じである。「多すぎて分からない」という実情と、「分かっても公表できない」という政治的意図があるからだ。

 

ただ、豪雨のひどさを「千年に一度」だの「五千年に一度」だのと根拠もなく誇張して、当局の責任を回避する努力だけは、恥も外聞もなくせっせとやっているのが見苦しい。

 

この惨憺たる地上の様子を、はるか天上から冷ややかに見ていた偉大な王がいた。

 

名を(う)という。

 

「何、五千年に一度だと?」。禹は、黙っていた口を開いた。

 

笑わせるな。私(禹)が地上にいて、黄河の治水に奔走していたのは四千年ほど前のことだったが、その前にも後にも、今の地上の政権ほど悪辣で、人民を苦しめるものはなかったぞ。

 

私も後で聞いたが、あれは西洋史の刻み方でいうと紀元前1920年ごろだという。黄河が大氾濫を起こした。この水を、なんとか治めなければならない。

 

主君である(しゅん)帝より命を受けて、黄河の治水にあたった我が父・(こん)は、9年の歳月をかけても治水できなかった。

 

黄河は、天地開闢以来の「暴れ川」であった。そのため、上流から運ばれた大量の土砂が堆積して川床が上がっていたのだ。今の言い方でいえば約30mも水位が上がっていたという。その水が堤を破り、坂を下るように外へあふれ出すのだから、たまったものではない。

 

父はひたすら堤防を築き、力で水を防ぐことばかり考えたが、それは不可能だった。

 

父の跡をついで、舜帝から同じ任を拝した私は、まず水の通り道である「導(どう)」をつくり、自然の力をうまく生かすことで、治水と人民が耕す農地の確保の両立を目指した。

 

私は、ただひたすら人民の安心と生活再建を願い、身命を賭して働き、自ら率先して民衆を導いた。人民も、よく私についてきてくれた。皆で力を合わせ、ついに黄河の治水は成った。

 

今の地上にある者たちよ。禹の言を、よく聞け。

 

汝らの祖先は、この禹とともに暴れる水を見事に治め、中原夏王朝を開いたのだ。

 

それを思い出せ。

 

汝らが従うべきは、今のごとき邪霊政権に非ず。

 

地上の者たちよ。炎黄子孫よ。禹の声が、聞こえたか。

 

(鳥飼聡)

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