ダハシュールはピラミッドの発祥地と言われ、今日良く見られるピラミッドが最初に出現したのは、第3王朝のファラオ・フニの時期です。
当時、フニはメイドゥムでピラミッドを建設しようとしていましたが、技術の未発達により、完成できず、大まかな構造だけが取り残され、観光客に開放されていません。
階段ピラミッドが完成した後が最も重要な過渡期とされ、メイドゥムのような2層ピラミッドの隙間を埋め、角錐のようなピラミッドにするという新しい建築様式の考え方が生まれました。そこで建設されたのが屈折ピラミッドです。
屈折ピラミッド
エジプト・古王国時代第4王朝のファラオ・スネフェル在位の時、紀元前2600年頃、この高さ105メートル、底辺189メートルの屈折ピラミッドが建築されました。
スネフェル王は階段式のピラミッドを好まなかったため、傾斜角度が約55度のピラミッドを建てようとしましたが、しかし、途中から、この角度では、ピラミッドが崩れる可能性があることに気づき、約43度に変えたと言われています。そのため、このピラミッドの側面は曲がっているように見え、そこから「屈折ピラミッド」と名付けられました。
赤いピラミッド
赤いピラミッドは何度も失敗を繰り返した後にようやく成功した建築物です。屈折ピラミッドが完成した後、スネフェル王はこれをあんまり気に入っておらず、歴史上最初の角錐型のピラミッドを建設しました。それが、最古の本当の(角錐の)ピラミッド――赤いピラミッドです。ギザの大ピラミッドとほぼ同じ大きさで、高さ104.4メートル、底辺約220メートルです。
傾斜角度が約43度のこのピラミッドは、花崗岩が赤く見えることからその名がつけられたが、当初は石灰石に覆われていました。
現在、この2つのピラミッドは依然とダハシュールの砂漠に佇んでいます。特に赤いピラミッドの保存状態が良好で、内部も崩れていません。スネフェル王はたった60年で、階段式ピラミッドから角錐型ピラミッドへと飛躍的な挑戦に成功し、このことからも、彼の野心と、自信、そして、驚くべき智慧が伺えます。
(つづく)
――正見ネットより転載
(作者・意文/翻訳編集・天野秀)
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