ギリシャ神話:クモのお話
ギリシャ神話にクモに関するお話があります。かつて、知恵、芸術、戦略を司る女神アテーナーは、人々に機織りの技術を伝授していました。
その頃、染織家の娘アラクネーは織物や刺しゅうを非常に得意とし、誰よりもきれいな布を織り出すことができたのです。そのため、彼女は自惚れはじめ、ある日、自分は誰よりも優れており、女神アテーナーでさえも、技術面では自分に勝てないと豪語しました。周りの人たちはこの大言壮語を聞いて、彼女を止めようとしましたが、彼女はこの神を冒涜する言葉を撤回しようとしませんでした。
これを見たアテーナーは、老婦人に姿を変えてアラクネーのいる村へとやってきました。その時、アラクネーは機織り機の前に座り、布を織っていたので、アテーナーはこう言いました。「本当に素晴らしい布じゃ。女神アテーナーのおかげじゃ。アテーナーは自分が持っている多くの技術の中から、機織りの技術を婦人たちに教えたのじゃ」
この老婦人の言葉を聞き、アラクネーは「これはアテーナーが身に着けている数多くの技術のほんのわずかな一部だとでもいうの?! アテーナーがこれほど素晴らしい布を織り出せるとでもいうの?!」と怒りました。しかし、老婦人は頭を軽く左右に振り、「このような言葉を2度と口にするものではない! 人間が神を超えられるはずがないのじゃ。あなたは確かに優れている。しかし、神とは比べられないのじゃ」と言いました。
その後、老婦人は優しい口調でアラクネーに忠告しました。「私は長生きしてきた分、多くのことを経験してきた。だから、私からの忠告を軽視してはいけない。他人と比較するも、競争するも勝手にするが良い。しかし、決して神と争ってはいけない」
アラクネーは機織り機から降り、老婦人をにらみました。「あなたの忠告なんていらないわ。アテーナーなど恐れていない。本当に私より優れているなら、ここでみんなに見せるべきだわ!」
この言葉を聞いた老婦人は、「アテーナーが来た」と言い、元の姿に戻りました。その場にいたすべての人々は敬意を表すべく深々とお辞儀をしました。しかし、アラクネーだけは、依然と頭を下げずに、頑固にアテーナーを見つめ、神と競争しようとしていました。
人間と神の競争が始まりました。間もなくして、アテーナーは1枚の作品を織り出しました。作品の中央には神々の姿が織られており、その周りには、神が神を冒涜する人間に罰を与えている場面が織り出されていました。この作品は非常に神々しくて美しく、同時に、アラクネーへの警告でもありました。
アテーナーは後ろを振り向き、アラクネーを見つめました。しかし、アラクネーの顔が嫉妬により醜くゆがんでおり、未だ意地を張って負けを認めず、忙しく腕を動かして、アテーナーよりも素晴らしい作品を織り出そうとしていたのです。
アラクネーの作品は確かに精巧できれいでしたが、神への不敬、ひいては神を蔑視しているような画が織られていたのです。これを見たアテーナーはアラクネーの作品を破り、彼女の頭に触れ、自分の過ちに気づかせました。一瞬で冷静になったアラクネーはこれまで自分がしてきたことに恥を感じました。
アラクネーは神を冒涜する行為をすでに犯したので、相応の罰を受けなければなりません。アテーナーは口を開き、「罪深い女よ。この教訓を忘れないために、おまえとおまえの子孫は永遠に吊るされたまま、休むことなく織り続けるのだ」と言いました。
アテーナーがそう言い終わった瞬間、アラクネーの体が痙攣し始め、そして、どんどん黒くなり、縮んでゆき、最後には、1匹のクモとなったのです。それ以来、クモに変えられたアラクネーは空中に垂れ下がったまま、永遠に糸を織り続けていきました。昔、まだ人間だったころ、機織り機を動かして布を織っていたときのように……
(翻訳編集・天野秀)