「善」は美徳であり、プラスエネルギーの循環をもたらします。人々を感動させ、天地万物も感動させます。ここで、中国の唐の時代に、山河に隠居していた人が善行を行い、虎から恩返しを受けたお話をしましょう。
中国の山東省イ坊市の北には海を一望できる高台があり、秦の始皇帝もここで海を観察したと言われてきました。この高台の下には湖があって、この湖畔に張魚舟という者が草庵を建て、釣りをして隠居生活を送っていました。
ある日の夜中、この張魚舟の草庵に一匹の虎が現れました。しかし虎は寝ている張魚舟を襲うことなく、近くに伏せて、夜が明けるまで静かに待っていました。翌朝、張魚舟が目覚めると、目の前に虎がいるので、とても驚きました。
虎は起きた張魚舟にそっと前足を伸ばしてきました。様子がおかしいと思った張魚舟は虎の前足をよく観察してみたら、足の裏に長い刺が刺さっている事に気がつきました。張は刺を取り、丁寧に手当てしました。
虎は感謝しているかのように地に伏せ、それから、頭を張魚舟の身体にこすりつけたりして、しばらく甘えた後、何度も振り返りながら草庵を後にしました。
その日の夜、草庵の外に何か物が落ちたような大きな音がしました。張が慌てて外に出て確認すると、目の前に150キロほどの猪が倒れており、その隣にはこの前の虎がいました。虎はまた張魚舟にしばらく甘えると、森に戻りました。虎は張魚舟に恩返しをしたのでした。
それからも、虎は猪や鹿などを毎晩持ってくるようになりました。この噂が近くにある村にまで流れ、村人たちは張魚舟の事を魔力で虎を操り、狩猟する妖怪だと思い込み、張魚舟を縛り付け、役所に送り込みました。
役所の官吏も虎が人間を食わずに、かえって人間に毎日獲物を捧げるなんて奇想天外な話だと思いました。そこで早速、張魚舟を呼び出し「虎のことをつつみ隠さずに白状しろ」と問い詰めました。
張魚舟はやましいことを一つもしてないと正々堂々と主張し、この虎と出会ってからの一部始終もすべて打ち明けました。話を聞いてもまだ半信半疑だった官吏は、部下に、張魚舟とともに草庵に戻って、観察するように命じました。
夜になると、虎が鹿をくわえ、いつも通りに現れ、仲良さそうに張魚舟に甘えました。部下は目にしたこの驚きの光景を上司の官吏に報告し、張の潔白を証明しました。
刺を一本取り除いただけで、たくさん恩返しをされた張魚舟は虎の霊性に感心しました。虎は、前世の業(行い)によって輪廻転生の中で虎に生まれ変わったのだから、私がこの虎のために善行を行い、功徳を積んであげよう、と張魚舟は心に決めました。釈放された張は百一回ご飯を布施しました。
すると布施し終わった晩、虎は獲物ではなく、きれいな白絹を張に捧げました。
月日が経つにつれ、張も草庵も虎も湖畔から消えていきました。しかし、善行による善の輪はずっと広がり続けました。
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