マスク氏とモディ首相の熱烈な会談と、マスク氏の中国訪問の沈黙には明確な対比をなしている。(Photo by PATRICK PLEUL/POOL/AFP via Getty Images)

なぜマスクはモディ首相を絶賛したのに中国には寡黙なのか?

イーロン・マスク氏がインドモディ首相に会見した。またマスク氏は中国も訪問したが、そこには明確な対比があった。マスク氏はインドに大きな可能性を見ている一方で、なぜ中国では寡黙なのかを探る。

マスク氏がモディ首相を絶賛

2023年6月20日、初めてアメリカを訪れたインドのモディ首相は、ニューヨークでイーロン・マスク氏と会合を持ち、楽しい会話が交わされた。その後、マスク氏はモディ首相の公式YouTubeチャンネルで公開されたビデオに出演した。

 

マスク氏はインドが「世界のどの大国よりも有望である」と言及し、「インドの未来については信じられないほど興奮している」と語った。また、マスク氏は自身がモディ首相のファンであると明言し、「彼(モディ)は本当にインドのために正しいことをしたいと思っている」と述べた。さらに、来年インドを訪問する計画があると公言し、「テスラがインドに進出し、すぐにインド市場に参入すると信じている」と表明した。

 

確かに、現在のインドの国際環境は非常に有利であり、インドは世界の企業家たちにとって大きな魅力を持っている。例えば、Appleの最大の製造業者であるフォックスコンは、インドでの工場拡張を進めている。

今年の4月には、Appleの最高経営責任者(CEO)であるティム・クック氏がインドを訪れ、初のAppleストアの開店式を行い、モディ首相と会見した。また、インド政府もAppleとの緊密な協力を強く望んでいる。

事実、少なくとも2016年から、Appleはインド市場の拡大に目を向けており、当時、クック氏はインドのメディアに対し、「ここには大きなエネルギーを投入しており、第1四半期、第2四半期、あるいは次の四半期、あるいは来年だけでなく、ここには千年もの間存在するつもりだ」と述べていた。

 

マスク氏はビジネスの天才で、インドのビジネスチャンスを理解している。それを理解しているのはモディ首相も同じであり、早くも2015年にカリフォルニアのフリーモントにあるテスラの工場を訪問している。今回モディ首相とマスク氏との再会は、何か新たな物語を生み出すことだろう。

マスク氏は中共に冷遇された 

マスク氏とインドの関係が熱烈な抱擁であるとするならば、それに対してマスク氏と中国共産党(中共)との関係は比較的寡黙だ。

 

5月30日には、マスク氏が3年ぶりに中国を訪問し、中共の外交部長、商務部部長、工業部長とそれぞれ会談し、一対一の会談も行われたと伝えられている。メディアは中共がマスク氏を高く評価していると報道している。

 

しかし、私の考えでは、マスク氏は中共に冷遇されたと言えるだろう。

 

第1の理由として、李強首相がマスク氏と会わなかったことは異常である。李強氏は上海市の党委員長であった際にテスラの上海超大工場を導入した。そして現在では、中国経済の舵取りに大いに悩まされている。馬雲(ジャック・マー)氏を国内に呼び戻すために努力したのに、今や各国の政府の名誉ゲストであるマスク氏が訪れているにもかかわらず、彼を無視する理由があるのだろうか?

 

第2に、習近平氏とマスク氏は会談しておらず、これは意味深な事柄である。6月16日に習近平氏はビル・ゲイツ氏との会談を実施し、ゲイツ氏を「今年最初に会った米国の友人」「古い友人」と表現した。

中共の政治用語において、「古い友人」は特別な意味を持つため、これはゲイツ氏と中共との関係が非常に深いことを示唆する。マスク氏の影響力がゲイツ氏を下回るわけではないが、中共を喜ばせるような発言をするマスク氏であっても、まだ習近平氏の「友人」にはなれていない。これは、マスク氏と中共の間でまだ多くの事項が議論されておらず、マスク氏がまだ中共の手法を完全に受け入れていないことを示していると解釈できる。

 

第3に、マスク氏はその独特の個性で知られ、ツイッターで度々辛辣な冗談を投稿することで知られているが、中国滞在中は一度もツイートせず、中国訪問後も例外的に公に「成果」について語ることはなかった。初めて6月5日に、彼は中共の高官との公式会談でAIのリスクと規制の必要性について議論したことをツイッターで公表した。「私の理解では、中国(中共)は中国のAI規制を開始するつもりだ」と彼は述べた。

 

もちろん、中国訪問後に沈黙を続けるのはマスク氏が例外ではない。例えば、ロイターの報道によると、過去数か月間にわたって、多くの著名な多国籍企業のCEOが中国を再訪した。その際の共通点は、公の場で旅行の詳細についてほとんど語らず、主に政府関係者、現地の従業員、ビジネスパートナーとの会談に重点を置いていたことである。以前は、頻繁に見受けられていたメディアイベントやその他の公の活動が、現在ではほとんど見られなくなっている。ここは微妙に変わっている。

 

中共の政治と政策の方向性は混乱を引き起こしている。中共は反スパイ法の拡大や、米国のコンサルティング会社とデューデリジェンス会社の規制強化をする一方、対立関係にある中国とアメリカの間でバランスを維持しようとする、「非常に困難な課題」となっている。

マスク氏は中国以外に大投資

それでも、マスク氏が中国を訪問した後、2つの事柄がメディアの注目を集めている。1つは、テスラがメキシコに約50億ドル(約6969億円)を投資し、「世界最大の電気自動車工場」を建設する計画である。これはテスラが米国外で建設する3つ目の大規模工場となる。もう一つは、テスラがスペインに大規模工場を設立することを内部で検討しているという事実である。テスラの壮大な事業計画(2030年の年間生産能力2千万台)に比べると、中国が現在占めている位置は一時的なものである。

 

これらの点から考えると、イーロン・マスク氏と中共の関係は、共産党が主張するほど親密ではない事が示唆されている。一部の意見では、マスク氏のこの行動の焦点の一つは、政策の風向きを探ることであるとされている。中共にとっても、彼の名声を利用して厳しい経済状況を一時的に飾るだけという可能性がある。

 

マスク氏が中共と何を交渉しているのか、外部からは詳細は把握できない。しかし、マスク氏とモディ首相の熱烈な会談と、マスク氏の中国訪問の沈黙を比較すると、世界の風向きが変わりつつあると言わざるを得ない。

 

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私は経済記者として1990年代後半から日本経済、そしてさまざまな産業を見てきた。中でもエネルギー産業の持つ力の巨大さ、社会全体に影響を与える存在感の大きさが印象に残り、働く人の真面目さに好感を持った。特にその中の電力産業に関心を持った。