習家と鄧家の半世紀にわたる因縁 習近平はいったい何をしたのか?
2012年11月、習近平は中国共産党第18回党大会期間に登場し権力を握り、、中国共産党中央委員会総書記および中央軍事委員会主席となった。
5年後の第19回党大会では、習近平の地位は確固たるものとなり、鄧小平の多くの政策を徐々に弱め始めた。
中国共産党は「習近平思想」を強調し、「改革開放」路線の鄧小平政策を薄めていった。これは俗に「去鄧抬習」(鄧小平を排し習近平を持ち上げる)と呼ばれている。
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