マリー・アントワネット&ルイ16世(AI生成、Shutterstock)
虚構が作る歴史『ベルサイユのばら』と歪められた日本人の革命イメージ

第5回:虚像が歴史を支配する時 「ベルばら革命」に警鐘を鳴らす

漫画『ベルサイユのばら』の映画版は、昨年(2024年)の秋に公開された。原作の漫画は池田理代子氏によって描かれたものであり、「少女漫画」あるいは「恋愛小説」と呼ばれるジャンルに属している。本記事はこの映画、そして原作漫画について論じる全5回シリーズの最終章第5回目の記事である。

革命史で語られる王族のイメージは、定型的なイメージ――すなわち愚かで軟弱なルイ16世と、軽薄なマリー・アントワネット――というものから抜け出せないでいる。しかし、この点に関する歴史学は大きく進展し、ルイ16世が実際には極めて複雑な状況に直面しながらも、偉大な王として職責を果たそうとしたこと、マリー・アントワネットが公共の利益に心を配っていたことが明らかにされている。

ジャン・ド・ヴィジェリーによるルイ16世の伝記や、エマニュエル・ド・ワレスキエルの『マリー・アントワネットの裁判』(邦訳も存在し、『マリーアントワネットの最後の日々』として知られる)を読めば、この現実を理解できるはずである。

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