休暇を最大限に楽しむ方法
休暇はそう何度も訪れるものではないため、普段の1週間よりも「絶対に成功させたい」という気持ちが強くなりがちです。どれほど恵まれた人でも、1年に旅行へ行けるのは2回、多くても3回ほどでしょう。だからこそ、その限られた時間を最大限に活用したいと考えるのは自然なことです。
しかし、その高い期待や、「最高の思い出を作らなければならない」というプレッシャーは、気をつけなければ逆効果になってしまうことがあります。私のように5人の幼い子どもを連れて旅行をする人なら、満足できる休暇を実現することが、実際には決して簡単ではないことをご存じでしょう。少なくとも、現代の基準ではそう言えます。
だからこそ、私は休暇を楽しむための最良のヒントをお伝えしたいだけでなく、現代の私たちが休暇について抱いている考え方そのものが、あまり役に立っていないのではないかということも提案したいのです。休暇は、資本主義経済の中にある多くのものと同じように、「消費される商品」になってしまいました。お金を払って体験し、楽しみ、その後はSNSの「フォロワー」に「反応」してもらうためのコンテンツへと作り替えられる体験になっているのです。
しかし、それよりも良い方法があります。その方法なら、プレッシャーは軽くなり、休暇という大切な習慣から得られる価値は、むしろ高まるかもしれません。私の考えには少し個人的な意見も含まれているため、すべての人が賛成するとは思っていません。それでも、少なくとも皆さんが自分自身の人生における休暇の目的について考え、新たな視点を持つきっかけになれば幸いです。
幸せで思い出に残る休暇のための4つのヒント
休暇を楽しむことは、決して難しいことではありません。人々は何世代にもわたって、特別な旅を楽しんできました。これらのヒントは、すべての人やすべての旅行に当てはまるものではありません。しかし全体として見れば、現代社会では見落とされがちな大切な考え方へと私たちを立ち返らせてくれるものだと思います。
1. 今この瞬間のリラックスより、未来の懐かしい思い出に投資する
私にとって、休暇を「リラックスするためのもの」と考えることこそ、休暇に対する考え方が最も間違いやすい点です。日常生活は忙しいのだから、休暇はリラックスするためにあると考える人は多いでしょう。しかし、リラックスとは基本的に自分自身のためのものです。それ自体は決して悪いことではありませんが、それは休暇が最も得意とする役割ではありません。
私たちは誰でも休息を必要としていますし、休暇はその助けになります。しかし、本当の休息は、十分な睡眠や毎週の安息日(宗教的・習慣的に仕事を休み心身を休める日)、あるいはそれに相当する定期的な休養によって得られるものです。たった1週間の休暇だけで心身を完全に回復させようとするのは、期待しすぎと言えるでしょう。
休暇は思い出を作るためのものです。特に、大切な人たちと一緒に思い出を作ることに意味があります。そして、休暇の大きな贈り物の一つは、人生の年月に節目を刻み、後から振り返ることのできる特別な時間を与えてくれることなのです。
2. スマートフォンを脇に置く
常につながっている現代社会では、本当の意味で休息を得る方法の一つは、できる限りテクノロジーから離れることです。今この瞬間から意識を引き離すものを減らし、目の前に広がる世界を楽しみましょう。
さらに、テクノロジーから距離を置くことは、休息以上の効果をもたらします。それは、「時間がゆっくり流れるように感じられる」ということです。この時間感覚の変化こそが休暇を素晴らしいものにし、後になっても懐かしく思い出す理由なのです。
3. 人と過ごす時間を増やす
休暇中は、ただ座ってのんびりしたり、本に夢中になったり、人付き合いの負担から完全に解放されたりしたくなるものです。もちろん、それを少し楽しむのは素晴らしいことです。しかし、それを休暇の中心に据えるべきではないと私は思います。
むしろ、休暇は友情や人とのつながりに時間を投資する絶好の機会として活用すべきです。日常生活ではさまざまな用事に追われ、こうした時間を持つことは簡単ではありません。
大切な人たちと食卓を囲みながらゆっくり語り合うこと、時間を気にせずゲームを楽しむこと、ゆったりと長い散歩をすること。そうした時間の中で育まれる絆は、その後の人生のあらゆる場面で私たちを支えてくれるのです。
4. 困難な状況も受け入れる
これまで経験した休暇の中で、最も大変だった旅行が、結果的には家族全員が今でも語り続ける休暇になりました。
幼い子どもたちを連れた車での移動では、予定外の休憩を何度も挟むことになり、子どもたちは何度も泣き、到着は予定より5時間も遅れました。滞在した貸別荘には猛暑にもかかわらずエアコンがなく、しかも病気の子どもの看病もしなければなりませんでした。
さらに追い打ちをかけるように、日によっては水圧が弱すぎてシャワーを浴びられず、家は交通量の多い道路のすぐ近くにありました。
大変だった出来事も、時間が経てば愛おしい思い出に変わっていく――それを、身をもって実感した旅でした。
便利さや快適さ、ぜいたくさを選ぶよう絶えず求められる現代社会だからこそ、それらが本当にいつも私たちに必要なものなのか、一度立ち止まって考えてみる価値はあるのではないでしょうか。
私にとって、これらのヒントは、休暇の本当の目的を表しています。それは、日常生活を形作るさまざまな力から少し距離を置き、素晴らしい思い出を作るための特別な空間を生み出す機会だということです。
現代社会は、常につながり、快適さを追い求め、生産性を高めるよう私たちに求めています。しかし私は、休暇だけはそうしたものから離れた小さな避難所(心身を休められる場所)であってほしいと思います。テクノロジーとは思い切って距離を置き、人とのつながりを深め、時には困難であっても意味のあることに取り組む時間に満ちた場所であってほしいのです。
(翻訳編集 井田千景)