2012年6月26日、米メリーランド州ボルチモアのジョンズ・ホプキンス病院で行われた腎臓移植手術。関節鏡を用いて手術が行われている。(cbsnews.com) Brendan Smialowski/AFP/Getty Images

一流医学誌で推進される「臓器提供による死」

論評

故リチャード・ジョン・ノイハウス神父はかつて、生命倫理学者について「考えられないことを、議論可能なものへ、さらに正当化可能なものへと導き、最後には当たり前のものとして定着させることを職業としている」と述べたことで知られている。

彼の指摘は正しかった。急進的な生命倫理政策が、何もないところから突然現れるわけではない。論争を呼ぶ、時には有害ですらある考え方が、一般の人々の目にはほとんど触れない生命倫理や医学の専門誌で議論される。そして、その分野でおおむね合意が形成されると、かつて「考えられない」とされた政策が「突然」正当化され、やがて当然の公共政策となっていく。

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