科学が教える 幸せを育む10の習慣

幸福は、ただの偶然なのでしょうか。幸いなことに、研究はそうではないと示唆しています。幸福には、いつまでも神秘の要素が残ります。自分でつくり出すというより、どちらかといえば受け取るものだからです。しかし、だからといって、私たちがより幸福になれないわけではありません。むしろ反対に、本当の幸福は、私たちが選ぶこととも深く関わっており、ある程度は自分の手で律することができるものなのです。

幸福は、主として感情ではありません(感情は、人生の中でも、特に自分の意志で律しにくい部類に入ります)。

「大半の人は、幸福を一つの感情だと考えています。条件が整えば訪れ、整わなければ消えてしまうものだ、と。しかし、この10年の心理学は、それとは違う物語を語っています」と、心理学者マーク・トラバース氏は『サイコロジー・トゥデイ』への寄稿で書いています。「幸福は、主として気分の状態ではありません。それは、自分の人生をどう組み立てるか、日々どのような選択を重ねるか、そしてどんな環境に身を置くかによって生まれてくる、いわば結果なのです」

人は、主に習慣を通して自分の人生を組み立てています。ここでは、研究によって裏づけられた、幸福を育む10の習慣をご紹介します。
 

近しい人間関係を育てる

人間の幸福について、これまでで最も長く続けられてきた研究、「ハーバード成人発達研究」は、1930年代に始まり、ある世代の男性たちを80年にわたって追跡し、彼らの人生や心身の健康に関するあらゆる情報を記録してきました。その後、この研究は、最初の世代の子どもたちや、1970年代にボストンの都心部から新たに募った男性の一群にまで広げられています。

この大規模な研究から得られた、最も重要な発見は、人間関係の強さこそが、幸福と健康に対して、他のどの単一の要因よりも大きな影響を与える、ということです。

『ハーバード・ガゼット』は、次のように報じています。「近しい人間関係は、お金や名声以上に、人を生涯にわたって幸福にしてくれるものだということが、この研究によって明らかになりました。そうしたつながりは、人を人生の不満から守り、心身の衰えを遅らせる助けとなり、社会的な階層や知能指数、さらには遺伝子よりも、長く幸福な人生を言い当てる優れた指標となっています」

つまり、他者とつながる習慣を育てることこそが、長期的な充足感の鍵となるのです。
 

雑談の先へ進む

この習慣は、前の項目ともつながっており、人との深いつながりの大切さを強調するものです。もちろん雑談にもそれなりの役割はありますが、一般的には、関係を支え、深めてくれるような、より本質的な話題へとつなぐ「橋」として使うのがよいでしょう。

2010年の研究では、幸福度の高さは、雑談の少なさと、深い会話の多さに関連していることが分かりました。もちろん、より深い会話を切り出すのは、いつも簡単なことではありません。だからこそ私たちは、大切な人との実のある対話を引き出すための質問集を、二つにまとめています。
 

ささやかな喜びを日々楽しむ

人生は、小さなことの積み重ねでできています。日々や一週間のあちこちに散らばる、一見取るに足らないような喜びが、幸福感に対して、思いのほか大きな影響を及ぼすことがあります。コーヒーや紅茶を一口味わう、天気の良い日に短い散歩に出かける、趣味の時間を楽しむ、大切な人とのちょっとしたランチの約束を立てる。こうした単純な行動は、研究によれば、ストレスを減らし、回復力、ひいては幸福感を育ててくれます。

これは、大きな喜びや達成が幸福にとって重要ではない、という意味ではありません。ただ、そうした大きな出来事は、日常にそっと織り込まれている、小さくて一貫した喜びを覆い隠してしまいがちです。実際、いくつかの研究では、こうした一貫して続く小さな喜びのほうが、たまにしか訪れない大きな喜びよりも、全体の幸福感への積み重なった影響が大きいことさえ示されています。

「小さな瞬間の美しさは、誰にでも手の届くところにあるということです」と、小児神経心理学者サム・ゴールドスタイン氏は、自身のウェブサイトにつづっています。「こうした瞬間に気づき、味わうよう自分を訓練することで、外側の状況に左右されない、幸福の習慣を育てることができるのです」
 

所有物より体験を選ぶ

一般的に、お金は物を買うよりも、体験に使ったほうが、より多くの幸福をもたらします。これは、体験のほうが心理的な影響がより深く、何度も思い返して楽しむ傾向があること、そして体験はたいてい誰かと一緒に行うものであるため、他者とのつながりをより深めてくれること、が理由として考えられます。

とはいえ、人を豊かにしてくれる体験のすべてが、心地よいものとは限りません。研究によれば、最終的に私たちの幸福感を高めてくれる体験の中には、その瞬間には私たちを試すようなものも含まれているといいます。

「心理的に豊かな人生とは、必ずしも、楽で心地よいものとは限りません」と、トラバース氏は書いています。「そこには、目新しさ、複雑さ、成長、そしてものの見方が変わるような体験が伴います。旅や、創作における挑戦、難しいことを学ぶこと、自ら進んで受け入れる不快さ。こうしたものは、その瞬間の心地よさを常に最大限にしてくれるわけではありません。しかし、あとから振り返ったとき、深みがあり、変化に富み、生きるに値する人生だったと感じさせてくれるのです」

挑戦や、自分が成長していく体験を追い求める習慣は、より生き生きとした人生をつくり出すことにつながります。
 

お金より時間を選ぶ

ハーバード・ビジネス・スクールのアシュリー・ウィランズ氏は、「時間の貧困」という感覚が、幸福感を損ないかねないという事実について、幅広く調査してきました。常に時間が足りない、急かされている、物事をコントロールできていない、頭が混乱していると感じる人ほど、満足度やメンタルヘルスの指標において、低い点数を示します。一方で、2017年の研究では、物を買うよりも「時間を買う」ことを選んだ人のほうが、より幸福であることが分かりました。こうした研究が示しているのは、私たちにとって、時間の豊かさは、お金や物の多さよりも大切だということです。

したがって、物質的な豊かさや富を増やすことよりも、時間を優先する習慣を身につけることが、幸福感への重要な貢献となり得るのです。
 

定期的に自然の中で過ごす

自然の豊かさは、私たち自身をも豊かにしてくれます。私たちは、屋外の世界が生き生きと栄えている様子に触れるとき、自分自身もまた生き生きとしてくるのです。約2万人分のデータを調べた、2019年のある重要な研究では、毎週少なくとも120分を自然の中で過ごした人は、屋外でまったく過ごさなかった人に比べて、健康面でも幸福感の面でも明らかに優れていることが分かりました。この種の結果は、他の多くの類似研究でも繰り返し確認されています。緑、日光、新鮮な空気は、総じて人間の幸福感を高めてくれるのです。
 

奉仕と寛大さを実践する

直感には反するかもしれませんが、私たちは実際には、自分自身への関心を少し減らしたときのほうが、より幸福になれるということを、数多くの証拠が示しています。例えば、さまざまな文化圏にまたがる数十の研究をまとめた2023年の系統的レビューでは、他者のために時間やお金を使うことが、一貫して主観的な幸福感を高めることが分かりました。ちょっとした親切から、惜しみない寄付まで、利他的な行動についての研究は、私たちが本来、自分のためよりも他者のために尽くすようにできており、そうすることで自分の目的を果たし、より大きな幸福を得られるのだということを示しています。

これは身につけやすい、シンプルな習慣でありながら、自分自身の人生だけでなく、他者の人生までも良くする力を持っています。
 

許しを実践する

つらい過去の経験にとらわれ続けることは、安らぎをもたらすどころか、かえって私たちを縛りつけてしまうことがあります。一方で、思いやりと許しへと歩み寄ることは、より大きな内なる自由、ひいては幸福をもたらしてくれます。例えば2011年の研究では、過去の傷について思いやりを持って考えるよう指示された大学生は、心拍数が下がり、より深い共感に至ったことが分かりました。

今年発表された別の研究でも、許しを一貫して実践することと、心理的な幸福感の高まりとのあいだに、強いつながりが見られました。

言い換えれば、許すことを一つの習慣にしてください。許さずにいることは魂をむしばみ、許すことは魂を自由にしてくれます。
 

驚きや畏れの感覚を育てる

畏敬の念を抱くような体験、壮大さや神秘、美しさとの、鳥肌が立つような出会いは、私たちをより幸福に、より健康に、より強く人とつながった存在にしてくれます。こうした体験は、劇的な光景や出会いから生まれることもあれば、日々の暮らしのごく身近なところに見つかることもあります。夜空、美しい一曲の音楽、心に響く一篇の詩。どれもが畏敬の念を呼び起こしてくれるものです。そうした瞬間を自ら求め、機会が訪れたときにそれに気づく、という習慣を身につけることができます。
 

幸福を追い求めるのではなく、意味を追い求める

この習慣は、ここまでの項目とは、少し矛盾しているように聞こえるかもしれません。それでも、もしかすると、これが最も重要な習慣なのかもしれません。

心理学者であり、強制収容所からの生還者でもあるヴィクトール・フランクル氏は、著名な著書『夜と霧』(英題:Man’s Search for Meaning)の中で、人間存在の核心には「意味への欲求」があり、この欲求は、快楽や快適さ、富への欲求よりもはるかに強く、人間であることの中心をなすものだと論じています。意味を追い求めることは、苦しみに満ちた人生でさえも、充実した人生へと変え得るのです。

同書の中で、フランクルはこう述べています。「成功は、幸福と同じように、追い求めることはできません。それは、結果としておのずと生じるものであり、自分よりも大きな何かへの献身がもたらす、意図しない副産物として、あるいは、自分以外の誰かへの献身の副産物としてしか、訪れることはないのです。幸福は、自然に起こらなければならないものであり、成功についても同じことが言えます。それを気にかけないことによって、起こるに任せる必要があるのです」

つまりフランクルによれば、私たちは習慣として、意味を求める方向へと自分自身を向けるべきであり、そうすれば幸福はあとからついてくる、ということです。反対に、幸福そのものを直接の目標にしてしまうと、かえって自己中心的になり、惨めな結果に陥りやすいのです。

幸福とは、いわば「意味」という木に実る果実のようなものです。木から切り離してしまえば、腐り、枯れてしまいます。しかし、その木さえ見つけることができれば、果実はそこに、豊かに、そして健やかに実っているのです。

幸福の逆説とは、時として、幸福そのものを手放すことによってしか、見つけることができない、ということなのです。

 

(翻訳編集 日比野真吾)

英語文学と言語学の修士号を取得。ウィスコンシン州の私立アカデミーで文学を教えており、「The Hemingway Review」「Intellectual Takeout」および自身のサブスタックである「TheHazelnut」に執筆記事を掲載。小説『Hologram』『Song of Spheres』を出版。