中国「宋代四大書院」白鹿洞書院
【大紀元日本12月15日】中国の宋代、四大書院と呼ばれる教育施設が時代の知を率いていた。中でも白鹿洞書院は中国最初の最高学府として盛名を轟かしていた。
太宗(宋朝第2代皇帝)が創った盧山の白鹿洞書院を、理学者・朱子が1197年に復興させた。古くは南唐の李氏朝廷が940年、盧山国学を創設し一旦途絶えたものを朱子が継承した発展形態である。盧山(江西省:中国南部)は揚子江が北流し湛える太湖は清濁を飲み干し、一条の瀑布が天来の飛沫を迸らせ変幻する多様な雲海と霧が、音もなく漂う幽山深谷の風趣に富んだ地として多くの神仙伝説が語り継がれてきた。宗教の聖地の懐に誕生した儒学教育の一大中心地が白鹿洞書院である。
朱子の薫陶を要約した『白鹿洞書院掲示』が世に知られている。学徳と学問と学修の要を「父子に親(しん)あり。君臣に義(ぎ)あり。夫婦に別(べつ)あり。長幼に序(じょ)あり。朋友に信(しん)あり」の五教(親・義・別・序・信)にありと諭した。中国の神話時代を彩った三皇五帝の聖なる教えの源泉に立ち帰って稽古(古き教えを考察)する人間教育の大切さが、中国書院文化を担った中国教育家達の胸を絶えず去来していた。このような中国の伝統的な教学スタイルが連綿と継承され、悠久の歴史を中国にもたらす市井・有名の人物が数多く世に送り出された。
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