趙紫陽氏の二回忌、自宅で追悼の場所を設ける北京市民

【大紀元日本1月20日】中共前総書記趙紫陽氏が亡くなり二回忌を迎えた。中国政府は記念として公式的な動きが見られなかったが、北京市民李金平氏は人々のために、自宅で追悼の場所を設けた。

BBCの報道によると、趙紫陽氏が05年1月17日になくなってから、2年間、李氏は自宅で追悼の場所を設けてきた。そのため、去年、中共当局に連行されたことがあるそうだ。追悼の場所では趙氏の写真が飾られ、その周りには花がたくさん置かれ、「趙紫陽先生の没後2周年に哀悼を捧げる」という横断幕が飾られている。

本紙の取材に、「人々を趙紫陽先生のことを追悼し、彼のことを忘れないでほしい」と李氏は追悼場所を設ける思いを語った。「先生は中国の改革に最も貢献した方で、中国は今日まで発展し、世界に注目されているのは先生の努力がなくては不可能だったろう」と話した。

▶ 続きを読む
関連記事
「孔子学院?新華社?こんなものはもう退屈だろう。中国が本当に世界的なソフトパワー拡大には、モバイルゲームに焦点を当てるべきだ」中国国内メディアは最近、100億米ドル規模に達している中国ゲームの影響力の高まりに自信を見せている。当局は、ゲームコンテンツを通じて中国文化の浸透工作や、親共産主義人物の人気獲得を促進したりしている。
日本料理の「五味五色」が生む健康の秘密。陰陽五行に基づく養生観が、日本人の長寿とバランスの取れた食文化を支えています。
2023年5月25日に掲載した記事を再掲載 若者を中心に検挙者数が急増する「大麻」(マリファナ)。近日、カナダ […]
中国共産党が7月に反スパイ法を改正し、邦人の拘束が相次ぐなか、外務省が発表する渡航危険レベルは「ゼロ」のままだ。外交関係者は邦人の安全をどのように見ているのか。長年中国に携わってきたベテランの元外交官から話を伺った。
日中戦争の勝利は中華民国の歴史的功績であるが、これは連合国の支援を受けた辛勝であった。中華民国は単独で日本に勝利したのではなく、第二次世界大戦における連合国の一員として戦ったのである。このため、ソ連は中国で大きな利益を得、中共を支援して成長させた。これが1949年の中共建国の基礎となった。