『遺体を人質に交渉』 報道写真最高賞で波紋=中国
【大紀元日本8月28日】大河の川岸に泊まる一艘の小舟。舟には二人の男が立っている。川岸では多くの人が何かを待っている様子。舟のへさきにいる男が断固とした手振りで、川岸にいる人たちと何か交渉しているもよう。その男が手に握るヒモをたどっていくと、舟の側に男性の遺体が浮かんでおり、ヒモがその遺体の手にくくりつけられている。
『遺体を人質に交渉』と題するこの報道写真は、8月18日、中国の報道撮影作品賞「金レンズ」で、審査員の満票で最高賞に選ばれた。この写真は昨年10月に発表されてから、今回で3回目の栄誉を獲得。
事件:現金前払いで遺体を引き上げる
写真が撮られたのは、昨年10月24日。湖北省の古い都市荆州の長江沿いでの一幕。水遊びをしていた二人の少年が川に落ちたため、岸辺でパーティをしていた大学生18人が助けに行った。少年は助かったが、3人の大学生が命を失った。写真に写った遺体は亡くなった大学生のうちの一人。
当時この事件を報道した地元紙「華商報」は、当時の状況をこのように記している。「人を救うために亡くなった大学生の遺体を川から引き上げた業者は、遺体を早く渡してくれるよう土下座してお願いしている学生らを無視し、遺体を人質にして大学生らが所属する学校側と交渉し、(3人分で)3万6千元(約50万円)の費用を取った」「生きている人は救わない。遺体だけを引き上げるとこの業者は言う。遺体一つを引き上げる費用は1.2万元。キャッシュで受け取ってから作業をするという」
この記事の中で、受賞した報道写真『遺体を人質に交渉』を掲載した。業者は2番目の遺体を引き上げた後、3万6千元の現金はまだ全部支払われていないと主張。遺体をヒモで引っ張り、水の中に置いたまま岸の上の人々と交渉する瞬間を撮ったのだという。
真実性を巡る波紋
撮影記者は25才の張秩(チャン・ジー)さん。学校を卒業したばかりだ。撮影記者歴1年のこの若手カメラマンは、世間の注目を浴びる中、地元の荆州市を離れ、名も身も隠した。地元で遺体を引き上げる業者らから絶えず死の脅迫を受けているからだという。
しかし、今回の「金レンズ」最高賞発表をきっかけに、身の潔白を証明するために本名を公にして取材も応じなければならないことになった。
受賞結果発表後、死亡した大学生らが所属する長江大学の共産党宣伝部責任者・李玉泉氏はブログに文章を発表し、写真が捉えた瞬間は、引き上げ業者が金の交渉をしているのではなく、岸にいる人々に遺体の引き受けを準備するよう指示を出している場面だと主張した。そして、写真の真実性に問題があるとして、「金レンズ」委員会に、写真の授賞を取り下げるよう求めた。ネット上で大きな波紋が広がっている。
事実捏造の指摘を受け、張秩さんは、事件の一部始終を捉えた約60枚の写真を公表し
撮影記者が公開した写真。業者が現金を数える場面(スクリーンショット)
、メディアの取材に応じて事件の過程を明らかにした。事故発生後40分で現場に到着し、終わるまでの約4時間現場にいたと話した。写真の中で、現金を数えている業者のシーンを含め、舟に座ってボスの指示を待つ男性作業員や、現場で交渉する大学側のスタッフなど事件の経緯を記録した。
受賞の写真は、遺体を引き上げた男性作業員が、大学側と学生らに「ボスの指示に従う。ボスが遺体を渡せと言えば渡す」と話した直後に撮ったものだと、張秩さんは中国青年報の取材に話した。
一方、当事者の作業員は、中国青年報の取材に対して、そのような話はしていないと否定したが、1体目の遺体を川から岸に引き上げた後、現金が支払われていないためにボスに叱られたことは認めた。
23日、「金レンズ」委員会は調査の結果として、写真は真実であると公表した。
分析:真実性否定の目的
「長江大学宣伝部の李部長は当時現場にいなかった。どうして今のタイミングで疑問を呈したのか分からない」と張秩さんは話す。
長江大学の学生らが人を救うために命を捧げた事実は、長江大学にとってマイナスではないはずだから、李氏が写真の真実性を否定する目的は一体何かと、読者から疑問が上がった。
長江大学の事情に詳しいと自称する人がネット上で公開した文章によると、長江大学は現地の3つの大学が併合されてできたもので、現地政府の政治業績となるプロジェクト。長江大学宣伝部部長を務める李氏は、現地政府の要職も担当しているという。大学生が人を救った事件は、長江大学にとっては名誉であるが、川で遺体を引き上げた業者は、政府の許可の下で行われているため、遺体を人質にして金儲けをした事件は、現地政府にとってはスキャンダルであると、この文章は分析する。更に、現地住民にとって3万6千元は大金であり、事件報道後、市民から業者や政府に多くの怒りが寄せられ、政府が大きな圧力を受けたため、長江大学宣伝部はこの事件の影響をしずめようと動き出したという。
社会の信用が普遍的に喪失
『遺体を人質に交渉』のこの報道写真が大賞を獲得したのは、今回が3回目。高い注目を浴びた背景には、中国の報道記事には「真実の瞬間」があまりに少ない現状が現れていると見られている。また、写真の真実性を巡る波紋とそれに対する関心は、新聞報道には捏造が多く存在し、社会全体の信用がなくなっている現実が反映されていると、北京青年政治学院の王東成教授はメディアの取材に指摘している。
「現在、中国の最大の問題である精神危機や道徳危機、更に政治危機は全て信用問題に関わっている。中央政府から地方政府、一般民衆まで、信用や誠実に欠けており、それが中国で普遍的な現実となっている。経済問題なり政治問題なり、信用がない問題が偏在し、多くの国民に普遍的に不信感が生まれている」と王教授は話した。
一方、中国では一部の良知ある新聞記者は、報道を通して捏造問題を暴露しており、社会的に監督の役割を果たしている。しかし、政治制度の改革や、報道の自由が実現しない限り、中国社会に根本な変化は起こらないだろうと述べている。