私が見た内モンゴル草原破壊の過程(三)

【大紀元日本10月22日】

地下資源の過度な採掘

モンゴル草原にはたくさんの地下資源がある。石炭、銅、鉄、鉛などの鉱物が豊富だ。中国共産党は政権を奪取してから、内モンゴルの地下資源を探索し続けている。私が住んでいた村にも、地質探査隊が何度も訪れた。あっちこっち至るところで穴を掘り、地下資源を探していた。もし何も見つからなければそれで結構だったが、何か少しでも見つかれば大変なことになる。まずは試掘をするが、その作業は並大抵ではなかった。井戸のように十数メートル掘るものもあれば、トンネルのように横方向に数十メートル掘るものもある。何も見つからなければ、掘った穴は埋めもせず、そのまま放置していく。現在でも、内モンゴル草原にはこのようは穴がたくさん存在する。もし本当に鉱物が発見されれば、それはもっと大変なことだった。山全体、いやもっと広い範囲で、永久的な災難に見舞われることになる。霍林河炭鉱が、いい例だ。同炭鉱の破壊は、甚大である。Google Earthの地図で見ると、蜂の巣のような穴がたくさんあるのが分かるだろう。

炭鉱が見つかると、鉱夫が入らなければならず、石炭を運ぶためには鉄道も引かなければならない。霍林河炭鉱を運ぶために、1970年代から1980年代にかけて敷かれた通遼市からの鉄道が、ちょうど私の村を通った。鉄道の敷設には、広大な面積を必要とするだけでなく、高いところを掘ったり、低いところを埋め立てたりするために、鉄道の両側も掘らなければならない。掘削したところから地下水が沸き出てきて、大きな池になった場所もある。私の村にもこのような池が一つあり、子供たちが泳いだり魚釣りをしたりしていたが、後に犬や豚の死体などのゴミが捨てられるようになり、汚水池となってしまった。

また、鉄道の敷設にはもう1つの問題があった。動物たちの事故である。牛や羊などが片足を引きずっていたり、汽車にはねられて死亡する動物が多かった。ある日、新艾里(シンアイリ)という村で汽車がロバをはね殺したため、村民が汽車を引きとめた。しかし、結局最後には警察が来て、リーダーを捕まえて去って行った。当時、このようなことが頻繁に発生した。

もちろん、最も大きな被害を被ったのは炭鉱周辺に住んでいた牧民たちだろう。彼らは草原を失っただけでなく、地下資源まで失ってしまった。現在、霍林河炭鉱から一日あたり60万トン以上の石炭が運ばれ、通遼での火力発電に使われている。電気は霍林河炭鉱周辺に住んでいる牧民とは関係なく、沿海都市に輸送されて、経済発展に使われているのだ。

河魚を爆破

地質探査隊による草原破壊は、それだけにとどまらない。地質探査隊は、「文明の土産」―掘削のための爆薬を持ち込んだのである。爆薬が農民の手に入ると、農民たちはそれを持って河の中の魚を爆破する。父の話によると、内モンゴルに入ったばかりの1950年、霍林河には河に水飲みに来た馬の群れが驚いて逃げてしまうほど、魚の数が多かった。1970年代、私は霍林河で重さ1キロのナマズを釣り上げたことがある。しかし、爆薬が使われ始めてから、急速に魚の量が減ってしまった。

河の魚は群れをなして棲息し、冬になると冬季を乗り越えるために深いところに集まってくる。深いといってもせいぜい3メートルほどで、ほとんどは2メートル未満である。秋になると降雨量が少ないため、河の水はきれいになり、水の量も少なくなるため、魚の群れが見える。彼らは魚が多いところを選び、導火線に火をつけて爆薬を河に投げ込む。しばらく経つと爆発するが、その破壊力は並大抵のものではなかった。周辺の魚はすべて死んでしまい、稚魚までが全部なくなってしまう。爆発した後、彼らは下流の浅いところで待ち、魚が浮かび漂ってくるのを拾う。流れて来るのは皆小さなものばかりで、大きいものはその場で沈んでしまう。あの時、私たちはよく彼らについて行き、彼らが去って行った後、河の中に入って魚を拾ったものだ。多い時は10キロ以上拾う時もあった。

現在の状況は?

以上書いたのはすべて2、30年前に私がこの目で見たこと、あるいは経験したことに過ぎない。しかし、現在はどうだろうか。昨年の春、NHKの番組が中国の黄砂問題を取り上げた。番組は、北海道にある酪農学園大学の星野教授とNHKが協力して制作したものだった。星野教授は衛星観測器で上空から写真を撮り、NHKは内モンゴルの庫倫旗(クロンチ)で現場の撮影を行った。衛星から撮った写真を見ると、草原はモザイク状になっており、現場の映像は草原が所々、金網で保護されているのが見える。

緑色が濃いほど草が高い(1999年10月Landsat ETM 衛星データ)

中国で「改革開放」政策が始まり、草原は個人に割り当てられたため、家畜を飼わない人は自分の草原を保護する為にこのような金網を引いた。保護されてないところは過度の放牧ですでに砂漠となり、保護されたところは草が生え過ぎて荒地になった。荒地になってから、だんだんと砂漠化していった。前述のように、草原は独立して存在することができず、他のものとバランスを取らなければ生存していくことができない。従って、保護された荒地も死んでしまうしかないのだ。

上図の同じ場所 (写真提供=酪農学園・星野教授、2008年7月撮影)

金網で囲まれた草原 (写真提供=酪農学園・星野教授、1999年7月撮影)

現在、砂漠化の速度はどれぐらい早いのだろうか。実は、想像を超えるほど早いのだ。7年前に建てたレンガの家の半分が、すでに砂に埋まっている。星野教授は、「7年後に、砂に埋められてしまうことを知りながら、そこに家を建てるバカはいないでしょう。砂漠化の速度がどれほど早いのか、7年後に何が起きるのかも分かりません」と言った。

7年前に建てた家は、すっかり砂に埋まってしまった(写真提供=酪農学園・星野教授、2007年4月撮影)

(続く)

高峰一(コウ・ホウイツ)

著者略歴:

内モンゴル生まれ。1989年に延辺大学修士を卒業し、その後8年間、地元で環境保護の仕事に携わる。1997年に来日し、2003年、東京工業大学博士課程を修了。現在、日本企業に勤務。

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