(明慧ネット)
翼の折れた鳳凰

収容所で薬物注射、暴行、精神喪失…エリート学生が非業の死を遂げるまで

2015年2月、山東省菜陽子市のある農村の井戸で、女性の遺体が浮いているのを住民が発見した。小太りで、下半身は長年の殴打で黒く変色した中年女性。冬にも関わらず、薄着だった。彼女は、かつて「カラスの巣に生まれた金色の鳳凰」と例えられ、農家出身でありながら、北京の清華大学に進学した才女、柳志梅さん(35)だった。

脳機能の障害を起こしていた志梅さんは、遺体が発見される数日前から行方不明となっていた。家族が遺体を確認し、身元が判明した。女性公安当局は他殺か自殺か、詳細を明かしていない。

逆に、明かさないのが当然かもしれない。共産党当局は、弾圧政策を敷き7年もの間、法輪功学習者だった志梅さんを収監し、看守は暴行や大量の薬物を注射し、他の囚人を暴行するよう強要するなど、「翼が折れるまで」心身を壊した。

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