アングル:豪州で「反移民旋風」吹き荒れるか、極右党首の賭け
[タウンズビル(豪州) 16日 ロイター] – オーストラリアの右翼政党「ワンネーション」のポーリーン・ハンソン党首が乗った選挙バスが、あまりに大きな異音をたてたため、地方の人けのない幹線道路にあるガソリンスタンドで停止を余儀なくされたのは、9日早朝のことだった。
反移民を唱えるハンソン氏は、ワンネーション党に過去20年で最高の結果をもたらすため、頼みとする北東部クイーンズランド州農村部の有権者のもとへ向かう途中だった。足止めをくらった同氏のところに支持者たちが集まってきた。
オパールの産地として有名な人口わずか数百人の町マールボローに寄り道せざるを得なくなったハンソン氏に、記念写真を求めるトラック運転手や旅行者が近づいてきた。
「何か食べる物を買うために立ち寄ったが、見たら選挙バスがあるじゃないか。ポーリーンに挨拶しなきゃと思ってね」とトラック運転手のシェーン・ウィリアムズさんは話す。
「移民は誰にとっても大きな問題だと思う。ポーリーンが議会で影響力を発揮してくれたらいいね。ろくでなしたちの目を覚まさせるんだ」
ハンソン氏自身は11月25日に実施されるクイーンズランド州議会選挙の候補者ではない。同氏は昨年、国民の大きな支持を受けて約20年ぶりに国政に復帰した。
だがハンソン氏の顔は、鉱産資源が豊富でサトウキビ栽培で発展してきたクイーンズランド州の中心部で見られるワンネーション党の看板やチラシのほぼ全てを飾っている。州議会選は、同氏の復活が軌道に乗るか、再び片隅に追いやられるのかを占う試金石となっている。
オーストラリアで最も著名な右翼的愛国主義者であるハンソン氏にとって、これは世界的なポピュリズムの波に乗ることを意味しない。世界がようやく彼女に追いついてきただけのことである。
「私は20年前から、こうしたことの多くを支持してきた」と、ハンソン氏は太陽がさんさんと降り注ぐ同州の港湾都市タウンズビルでロイターに語った。同市はグレートバリアリーフ海洋公園の玄関口である。
とはいえ、1年前の米大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の勝利については「世界中が共鳴している」とし、「これはまさに始まりを意味する。人々は目を覚ましつつある。有権者はこれまで他に投票したいと思う人がいなかった」と語った。
<炭鉱とサトウキビ>
ターボホースの修理が終わると、ハンソン氏のバスは再び走り出した。予定より3時間遅れだ。いくつかの町に立ち寄った後、夜に予定されている対話集会に出席するため400キロ以上離れたイベント会場に到着した。
ハンソン氏の対話集会の内容は、演説と、主に遊説中に地元の人から聞いた話について即興的に見解を述べることである。例えば、外国人が農地を買い占めたとか、移民が税金を払っていないという訴えや、危機的なエネルギー価格や先住民への政府補助金に関する不満、イスラム系労働者の入国禁止への支持、などである。
ハンソン氏の発言には遠慮がなく、都市部では過激とみなされて直ちに非難の声が上がる。だが、農村地帯で、干ばつやサイクロンによる洪水被害を受けることがあるクイーンズランド州では、同氏は主流派である。
「彼女はまさに、私たちの国を救おうとしてくれているただ一人の人物だ」と、人口3500人のサトウキビ栽培の町プロスパーパインで、20歳のジャック・ローチさんは話した。
各世論調査によると、ハンソン氏率いるワンネーションは、オーストラリアで3番目に人口の多い州であるクイーンズランド州議会選で、20%前後の票を獲得する可能性がある。そうなれば、1990年代以降の選挙において最大の成功を収めることになる。だからといって、93議席のうち、数議席以上を獲得できるかどうかは分からない。
遊説では、地方や産炭地、サトウキビ栽培地域以外でも、支持は非常に強いように見える。ハンソン氏の政策に激しく反対するのは、観光に依存する沿岸部が多い。
ハンソン氏の支持者にとって、同氏は率直に物を言う、保守連合や労働党といったオーストラリアの既存の政治体制を揺るがすことのできる政治家として映る。
「彼女は私たちのように話す」と語るのは、炭鉱町ボーウェンで大工として働く24歳のブロディ・トファンさん。ハンソン氏と自撮りするため近づいてきた。
「私たちのことを人種差別主義者と人は言うけれど、私たちはただ本当のことを言っているだけ」
<フィッシュ・アンド・チップス>
現代オーストラリアで極右運動が生まれたのは1996年、かつて炭鉱の中心地だったクイーンズランド州イプスウィッチにおいてだった。ここでハンソン氏は、フィッシュ・アンド・チップスの店を営みながら、同市の市議会議員に当選した。
同氏は下院での初演説で「アジア人に飲み込まれる」と警告し、ワンネーションを共同で設立した。当初はいくつかの選挙で成功したが、その後内紛により自滅した。
同党内部の権力争いと、2003年にハンソン氏が選挙活動に関する詐欺容疑で11週間収監されたことにより、同氏の勢いは止まり、その後、有権者との固い絆を取り戻すのに何年も苦労することになる。
イプスウィッチから出馬している労働党のジェニファー・ハワード議員は、同地域について、ハンソン氏が台頭した1990年代は主に白人で占められていたが、現在の人口は多様化しており、ワンネーションの勝利は容易ではないと指摘する。
ハワード議員は1980年代後半、子どもたちをハンソン氏の店によく連れて行ったとし、「娘は私に『なせあの女性はいつもあんなに怒っているの』とよく聞いてきた」と当時を振り返った。
ハンソン氏の政敵に対する激しい怒りは、自身の国家主義的政策のより良い賛同者が現れるまで収まりそうもないように見える。それはまだ起こりそうもない。過去には党指導部の変革に失敗している。新たな極右政党も台頭しているが、そうした政党が集める支持はハンソン氏に遠く及ばない。
そのうえ、あからさまな反移民政党は人口動態の波に逆らっている。国勢調査のデータによると、オーストラリア国民の3人に1人は現在、海外生まれである。20年前は5人に1人だった。
それは、かつてハンソン氏が営んでいたフィッシュ・アンド・チップスの店でも明らかで、現在その店はベトナム系移民の女性が経営している。彼女は同氏について「興味深い」と語ったが、誰に投票するかは明らかにしなかった。
店のメニューはアメリカンドッグのように当時とほぼ同じだが、ベトナムの春巻きなど輸入されたメニューも一部含まれている。
(翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)