戦国時代の猛将廉頗

廉頗(れん ぱ)は、中国戦国時代の趙の国の大将軍で、守備は固く、攻撃すれば必ず功績をあげるといわれた。当時の強国であった秦国でさえ彼を恐れていた。

趙の恵文王が即位して間もないころに、秦国は東に勢力を拡大しようとしていた。しかし、趙国が勢力拡大の障害となっていたため、秦王は何度も趙国に派兵し攻めて行った。しかし、いつも廉頗によって敗戦させられていた。秦王はやむなく策略を変更し、各国とそれぞれ盟約を交わす「連衡の策」を実行せざるを得なかった。

秦王は趙王と講和しようと考えていた。趙王と藺相如が一緒に講和に赴くことがわかると、廉頗は趙王に、「今回の日程は長くて30日。もし30日経っても大王が帰って来なければ、王太子を国王として擁立することを許可していただきたい。そうすれば秦国は趙国を脅迫することができないでしょう」と言った。廉頗の将軍としての風格と綿密な計画により、趙王は安心して秦王に会いに行くことができた。

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