焦点:戦うカシミールの町、「自治権はく奪」で強まるインド支配

Zeba Siddiqui and Fayaz Bukhari

[スリナガル 20日 ロイター] – インドが実効支配するカシミール地方最大の都市スリナガルでは、人口が密集するスーラ地区の入り口を、若い男たちが一週間以上、24時間体制で警戒している。

12カ所ほどある地区への入り口には、レンガや金属の波板、材木や丸太を使ったバリケードが築かれている。石を手に「武装」した若者たちが、こうした障害物の後ろに集まる。インドの治安部隊や武装警察の侵入を阻むためだ。

「われわれの声はどこにも届かない。内側から爆発しそうだ」

イジャズと名乗る25歳の青年は、拘束を恐れながらもこう話した。

「もし世界もわれわれの言うことに耳を貸さなかったら、どうすればいいんだ。銃を手にするか」

インド政府は5日、国内で唯一イスラム教徒が過半を占めるジャム・カシミール州の自治権はく奪を決めた。そして、人口約1万5000人のスーラ地区は、これに対する抵抗活動の中心地となりつつある

そこはインド治安部隊にとって事実上の「立ち入り不能」地区と化しており、モディ首相のヒンズー至上主義政権による対カシミール強硬策の「本気度」をはかるバロメーター的存在になっている。

インド政府は自治権はく奪について、カシミール地方を完全にインドに同化させ、汚職や縁故主義を撲滅し、発展を加速するために必要だと説明。モディ首相は、発展が平和の存続とテロ掃討の鍵だとしている。

だがスーラでは、モディ氏の動きを支持する人はほとんどいない。ロイターはこの1週間で住民数十人に取材したが、首相のことを「独裁者」と批判する声が多く聞かれた。

自治権を停止する憲法改正により、住民以外でもジャム・カシミール州で不動産を購入したり、この地方を統治する政府で働けるようになる。カシミールに住むイスラム教徒の中には、ヒマラヤの麓にある豊かな土地が数で勝るヒンズー教徒に乗っ取られ、カシミールのアイデンティティや文化、宗教が抑圧されると懸念する人もいる。

「ここで『管理ライン(LOC)』を防衛していような気持ちだ」と、イジャズさんは言う。LOCとは、カシミール地方をインド実効支配地域とパキスタンの実効支配地域に分断する事実上の国境だ。カシミール地方は、核保有国であるインドとパキスタンの長年の「発火点」であり、両国は領有権を巡って1947年以降2度戦争している。

スーラ地区の住民によると、先週以降、武装警察との衝突で数十人が負傷したという。拘束された人数は不明だ。

州政府やインド内務省は、取材の求めに応じなかった。

<衝突が日常に>

スリナガルでは4人以上が参加する集会が禁止され、移動を妨げるためにバリケードが数十カ所設置された。政治家や地域の指導者、活動家ら500人以上が拘束された。

インターネットや携帯電話の接続は、スリナガル市とカシミール渓谷の全域で2週間以上停止しており、政府の決定に反対する人たちが抗議活動を組織するのが困難になっている。

固定電話は復旧し始めたが、スーラ地区では停止したままだ。

住民たちは、他の方法で組織化を試みている。地区に侵入しようとする治安部隊を発見すれば、モスクに急行してスピーカーで「不法占拠への抵抗」を促す歌を放送したり、警報を鳴らしたりしているという。

8月9日には、金曜日の礼拝を終えた人々が道を占拠して抗議活動を行った。周辺地区からも住人が集まり、地元の警察関係者によると、群衆は少なくとも1万人に膨らんだ。

複数の住民によると、この抗議活動の後、暴徒鎮圧用の装備を身に着けた治安部隊150─200人がスーラ地区への侵入を試み、住民との衝突が深夜まで続いたという。警察側は催涙ガスや空気銃を発射したという。

それ以降、スーラ地区では小規模なデモ活動や、治安部隊との小競り合いが続いていると、住民たちは言う。当局側は、地区内の集会場所となっている礼拝所脇の空き地を封鎖しようとしているとみられ、同地区への侵入を数回試みているという。

「毎日のように攻撃を仕掛けてくるが、反撃している」と、20歳台前半のオワイスと名乗る青年は話す。「まるで閉じ込められたかのよだ」

インドの武装警察は、同地区を掌握する構えだ。「(同地区に)入ろうとしているが、地域の抵抗が大きい」と、スリナガルの武装警察関係者は話した。

別の治安当局者はロイターに対し、「地区の若者の一部は過激化している」とした上で、「武装勢力の温床になっている」と述べた。

<ドローンとヘリコプター>

インドからの分離を求めるカシミールの抗争で、インド政府はこの30年で5万人が死亡したとしているが、人権活動家は死者数はこれよりもずっと多いと主張している。多くのカシミールの住人は、独立か、イスラム教徒が多数を占めるパキスタンへの併合を望んでいる。

インドへの反政府活動は、歴史的にパキスタンから越境してくる武装勢力が指揮することが多かった。だが近年では、自ら武器を手にするカシミールの住民も増えている。

スーラ地区の壁や電柱には、武装勢力のポスターが多数貼られている。その中には、カシミールの分離独立を主張する武装組織「ヒズブル・ムジャヒディン」の指導者で、2016年に治安部隊に殺害されたブルハン・ワニ司令官のポスターもある。

インドのメディアは、スーラ地区の衝突についてほとんど報じていない。通信が遮断されたせいもあるが、インドのテレビ局や新聞は、今回の決定に対してカシミールではほとんど抵抗が起きていないとする政府の見解をそのまま報じてきたからでもある。

スーラ地区の現実は異なる。

治安当局による取り締まりを恐れて、特産の高級カーペットやスカーフを売る店の中には閉じたところもある。地区内の湖では漁やハスの栽培が続いているものの、地区の外へ収穫品を輸送するのは困難だという。

厳戒態勢の中で、人々の移動も制限されている。スーラ地区から外に通じる全ての道に武装警察が立ち、地区上空には監視用ドローンやヘリコプターが飛ぶ。

<応急の診療所>

負傷して運ばれてくる抗議活動の参加者を逮捕しようと、治安部隊が地元の病院に目を光らせていると話す住民もいる。治安当局が放った空気銃で負傷した人々は、拘束されることを恐れて病院を避けているという。

「怪我の具合が深刻だったり、目に当たったのでない限り、病院には行かない」と、負傷者の手当てをしている理学療法士のヤワル・ハミードさん(23)は言う。

2階建ての木造家屋で、ハミードさんは、左目の近くに空気銃の弾が当たって負傷したバシル・アフメドさん(45)の傷を消毒していた。

だがハミードさんは、空気銃による傷の手当を学んだことがあるわけではないという。

ハミードさんは、鉗子(かんし)を使ってアフメドさんの腰から弾を取り除いた。その数分後には、若い男性2人が担ぎ込まれた。胴体の前面のあちこちに、空気銃が当たって出血していた。

「ここに住むなら、(治療の)やり方を分かっていなくては」と、ハミードさんは話した。

(翻訳:山口香子、編集:久保信博)

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