イランの瀬戸際外交と濃縮ウラン20%の意味
イランは、7日、20%の濃縮ウラン製造を見送った。
アメリカがイランへの経済制裁を強化する中、イランは核開発を強化した。6月末に濃縮ウランの保有量は定められた量を超え、さらに今月になってイランは、濃度を商用使用のレベルを越える20%にまで高めることを匂わせた。今回、20%の濃縮ウラン製造は見送られたものの、これは意図的に緊張を産み出す行為だ。
核保有国の思惑
先発組の核保有国は後発組の核保有を認めたくない。理由は、核兵器を持つだけで強国アメリカと対等になれる。だから先発組の核保有国は核兵器の拡散を望まない。
外交は軍事を背景に行う。何故なら政治の延長に戦争が在り、戦争は政治の手段の一つ。だから通常戦力で劣る国は発言が困難。だが核兵器を保有すれば、強国と対等になれる。
外交×軍事=外交×核兵器
だから北朝鮮の様な国は核兵器の保有に邁進する。仮に通常戦力でアメリカに劣っても、核兵器を持てば軍事力の代わりになる。この現実が先発組の核保有国の優位性を失わせる。先発組の核保有国は、これ以上核保有国が増えないようにした。トランプ大統領がイラン核合意から抜けた理由になる。
濃度20%が持つ意味
濃縮ウランは低濃縮ウランと高濃縮ウランに区分される。低濃縮ウランは濃度20%未満。これは商用原発に使われる。高濃縮ウランは濃度90%以上。これは核兵器に必用な濃度。
低濃縮ウラン:20%未満・商用原発用。
高濃縮ウラン:90%以上・核兵器用。
商用原発として使うならば低濃縮ウラン。今のイランは低濃縮ウランの範囲内で濃縮を進めている。19%までなら商用原発だと言える。もし濃縮ウラン20%に達したら、これは明らかに高濃縮ウランを求める数値。イランが核兵器用の高濃縮ウランを目標にしているかの判断は、濃縮ウラン20%が基準。
商用ならば濃縮ウラン20%は求めない。濃縮ウラン20%に到達することは、明らかに高濃縮ウランへ進む入り口。濃縮ウラン20%は、イランが世界に核兵器を求める意思を示す。
戦争か平和の選択を迫る瀬戸際外交
今回のイランは20%の濃縮ウラン製造を見送った。だがイランは意図的に緊張を高めることをしている。イランの挑発は、アメリカがイランを攻撃する可能性を高める。この様なことは瀬戸際外交と呼ばれ、国際社会で使われることが多い。
瀬戸際外交は相手国に戦争するにはコストが合わない小さな戦争を売りつける。そして相手国が戦争回避目的で譲歩することで成功する。だが相手国が怒って戦争を開始すれば、瀬戸際外交の失敗になる。
瀬戸際外交は戦前のドイツのアドルフ・ヒトラーが採用。最初は成功したのだが、イギリスが怒ったことで戦争に発展した。今であれば北朝鮮がアメリカに対して瀬戸際外交を行っている。現段階では、北朝鮮の瀬戸際外交は成功した例になる。
ではイランではどうか? 例えば、ウラン保有の基準量は200kgだが全体で500kgを作った。この場合の超過量は300kg。この時、交渉相手のアメリカが「超過量300kgを提出すれば経済制裁を解除する」と言う可能性がでてくる。
イランは意図的に20%の濃縮ウラン製造を匂わせ、戦争か平和かの選択をトランプ大統領に迫っている。同時に、アメリカがイランに濃縮ウランの超過量を放棄させるように誘導している。さらに超過量が交渉材料にならない場合に備え、濃縮ウラン20%を作れるようにした。
イランは「超過量で応じなければ濃縮ウラン20%に手を出すぞ!」とアメリカを脅す。これは危険なことだが、瀬戸際外交では基本的な方針なのだ。
理想的な外交と軍事とは
理想的な外交と軍事は、「軍事力を用いて相手国から奪い取り、それの返還を交渉における交渉材料にすること」。もし交渉材料が無ければ作れば良い。実際にプロイセンのフリードリヒ大王は交渉材料を作った。
典型例1:18世紀プロイセン(ドイツの母体)
プロイセンのフリードリヒ大王は、ブランデンブルグ選挙公の肩書を持っていた。オーストリア皇帝の継承は選挙による投票で選ばれる。フリードリヒ大王は選挙権を交渉材料とし、オーストリアのシレジアを要求。
典型例2:シレジア戦後
オーストリアは対プロイセン同盟を持っていた。プロイセンは対プロイセン同盟を解除させる目的で、先制攻撃によりオーストリアのサキソニアを奪取。その後サキソニアの返還交渉を材料に、対プロイセン同盟の解除交渉を計画。
典型例3:北朝鮮による拉致
北朝鮮は日本人を拉致し、返還交渉を用いて日本から食料・金などを要求。
イランとアメリカで類似するのはドイツの前身であるプロイセン。プロイセンのフリードリヒ大王は、積極的に交渉材料を作り対プロイセン同盟に対抗した。イランも意図的に交渉材料を作りアメリカに挑んでいる。
トランプ大統領の決断は
イランは瀬戸際外交でアメリカに挑んでいる。これは正面からアメリカと戦争できないからだ。だから戦争を売りつけて交渉を求めている。極めて危険な外交だが、今のイランにはこれしか無い。
見た目はイランが主導権を持っているように見える。だが実際に主導権を持つのはトランプ大統領。イランは国の未来を外国人であるトランプ大統領に委ねたが、トランプ大統領が怒れば戦争が始まる。
執筆者:上岡 龍次(Ryuji Ueoka)
プロフィール:戦争学研究家、1971年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。
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