曹操も捕まえられない人
『三国志』に出てくる左慈(さじ )は、中国後漢時代末期の方士で、字は元放、揚州廬江郡の人です。彼は若い頃から仙術を学び、かつて曹操に仕えていました。
ある日、左慈が曹操の宴席に招かれた時、曹操は「今日の宴会で江東の松江の鱸があればなあ」と呟きました。左慈は「取れます」と言って、水をはった銅盤に糸を垂らして鱸を釣り上げてみせました。曹操は手を打って大笑いし、宴会に参加したほかの人たちはみんな驚きました。
曹操は、「一匹だけでは足りない、もう一匹取れるか?」と聞きました。左慈は餌と針を変え、鱸をもう一匹釣りました。いずれも元気よくぴんぴん跳びはねていました。曹操は鱸で料理をさせ来客を饗しました。
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