米中の第1段階合意、トランプ氏の策略と中国の負け(下)=程暁農氏
米中双方はこのほど、通商交渉が第1段階の原則合意に達したと発表した。多くのメディアは、合意文書の詳細内容や、追加関税の引き下げ、中国側の米農産物購入拡大などという表面的な事象で、両国の勝ち負けを判断している。実に、今回の交渉過程は波乱万丈といっても過言ではない。交渉の結果は「何%の関税」に現れるのではない。中国という「世界の工場」がどれほどの打撃を受け入れられるかを見極めなければならない。
筆者は、米中貿易交渉について、「トランプ氏にとって、中国を攻撃しないことが攻撃であり、罰を与えないことが実は罰である。中国共産党にとっては勝つことがまさに負けることを意味する」と心得る。
「罰を与えないことが罰だ」
過去1年半にわたる米中通商協議について、多くの読者は米中双方が言い争っている具体的な要求に着目したが、両国が経済的・政治的にどれほどの影響を受けているかをはっきりと見極められなかった。実に、「トランプ氏にとっては、真っ向から対立しないことが攻撃で、罰を与えないことは実に罰だということだ。中国共産党にとっては、勝つことがまさに負けることを意味する」とまとめられる。
「攻撃しないことが攻撃だ」というのはトランプ氏の交渉戦略を指す。トランプ氏は、交渉中、中国当局の約束の反故、理不尽な要求、事実拒否などのやり方を十分把握している。それでも、同氏は強い口調で反論したり、批判したりしない。逆に、トランプ氏は、礼儀正しい口調や巧みな言い回しで習近平氏と中国当局について発言してきた。このため、大衆はトランプ氏が弱い立場にいると印象付けられた。多くの人はビジネスマンのトランプ氏には政治的な頭脳がなく、中国当局に関する知識が乏しいと考えている。
実際に、中国当局の再三の横暴な態度に対して、トランプ氏のこのような低姿勢は、国際社会と国内政界に対して説得力があった。大統領は、米側が話し合いを順調に進めるために外交上に最大の努力をし、国際経済の大きな混乱を回避したとアピールすると同時に、米企業と有権者に対して、政府が企業と国民の利益を守るのに全力で取り組んでいることを見せた。これによって、米国民と国際社会は、交渉に応じない中国当局の様子を北朝鮮の「金三胖(金正恩・朝鮮労働党委員長)に重ねた。米国内の親中派もこれで中国当局を擁護する口実を失った。
この結果、トランプ氏は、対中の低姿勢で企業と有権者の支持を得られ、トランプ氏に不満を持つ世界各国の人々が中国当局の傍若無人な態度を再認識した。中国当局へのイメージが低下するなか、トランプ氏は米中通商協議において国内で強い支持を得たのに対して、横暴な振る舞いを繰り返す中国当局は米国と国際社会で「自らの顔に泥を塗った」
これがまさに、筆者が主張する「攻撃しないことが攻撃だ」ということだ。「攻撃しない」というのは、トランプ氏が中国当局に対して真っ向から対立をしない戦略だ。「攻撃しない」策略は、「攻撃」よりも効果があった。中国共産党が気まぐれでわがままで約束を守らないことは、トランプ氏が貿易戦を仕掛けたことに正当性を与えた。
「罰を与えないことが罰だ」
「罰を与えないことが罰だ」ということは、米の中国輸出製品に対する追加関税と関係する。トランプ氏は、関税を引き上げると言いながら、追加関税の実施を遅らせ、関税対象の範囲を縮小している。また、同氏はよく「米側の関税税収が増えたから、米は損失を被っていない」と強調する。果たして、米政府はこの数十億ドル、数百億ドル規模の関税収入を財政赤字に補てんしようとしているのか?もちろん、そうではない。この関税収入は、貿易戦の影響を受けた農家への補助金として使われる。米財務省は今この微々たる資金を必要としないのだ。
追加関税措置の目的は、米国内で販売される中国製品の価格を吊り上げることにある。この真の狙いは、中国から商品を輸入する米国企業に対して、「あなたが注文を取り消さなければ、損失を被るか、または市場シェアを失うかという結果が待っている」というメッセージを送ることだ。中国と経済・貿易関係を持つ米企業は2種類に分類できる。1つ目は供給依存型で、もう1つは販売依存型だ。前者は、中国企業に発注し米市場に商品を輸入することで事業を展開する。したがって、中国商品の供給に頼る。後者の米企業は中国市場を相手に事業を行う。このような企業は、中国国内で生産し、中国国内で販売するため、中国市場に頼っている。前者は多くいるが、後者は少ない。ただ後者は、在中国の米企業の団体である中国米国商会に多く在籍する。
中国共産党は、トランプ氏の対中経済・貿易政策に反対する人が多いことを証明するために、同商会は中国から撤退しないとの発言をよく引用する。実にこれはミスリードである。販売依存型の米企業が中国市場で儲かった利益を守るために、当然に撤退しないだろう。しかし、彼たちの考えは、供給依存型の米企業の考えと必ずしも同じではない。トランプ氏の政策の対象は、むしろ中国からの供給に頼る企業である。関税措置の下で、これらの企業が経営戦略を調整するよう促している。中国製品への関税制裁によって、中国からの供給のコストが上がるから、供給依存型の企業にしてみれば、中国製品はもう安価ではなくなり、発注を減らすしかない。
この意味では、「罰を与えない(すなわち、直ちに全面的に追加関税措置を実施しないこと)」は罰を処するに等しい。
「勝つこと=敗北」
中国側は、表面的に強硬な立場で妥協しない振る舞いでメンツを保たれたと見えるが、実際にこの傲慢で強気の姿勢によって負け続けている。米の経済界は、中国当局が本気で米国と知的財産権侵害や対中貿易赤字問題について全く話し合いたくないのだと見透かした。これは、米企業にとって、引き続き中国事業に潜む大きなリスクである。追加関税によるコストの高騰だけではなく、米中関係の悪化に伴い、国家間対抗のリスク、単一供給源のリスク、知的財産権リスク、医療安全リスク、サイバーセキュリティ上のリスクなども挙げられる。これらのリスクは、時には同時に生じることがある。
米中経済関係悪化による米国の経済・社会への影響についての事例を挙げよう。たとえば、現在すでに空洞化した米国の製薬産業。今、多くの製薬会社は、中国から薬の原材料と、常備薬を輸入している。米中関係の悪化で、中国側がもし薬の原材料と常備薬の供給を中止すれば、米市民が薬局で薬を入手できなくなる。米政府の関係部門はこの問題に注目した。同時に、製薬会社と薬品輸入会社は、中国製品に取って代わるサプライヤーを探し、一部の薬品の国産化を計画している。
また、ハイテク電子製品も同じだ。長年、多くのハイテク企業は中国での生産拠点に頼ってきた。しかし、これらの会社は今、中国を中心にしたグローバル産業チェーンの再編を考えなければならない。中国で製造される部品や、組み立てられる電子製品は今後、米政府の安全審査を受けるかもしれないからだ。逆に、中国当局は、中国国内で生産される米企業の製品をカードに、トランプ政権にさまざまな要求をするかもしれない。このような政治的リスクを回避したい大企業は、生産ラインを中国から、他の国に移転するしかない。たとえば、米のアップル社。同社は密かに生産移管を行っている。もちろん、アップルは中国で製造し現地で販売するのに一部の工場を残すだろう。
米中通商協議における中国側の策略が大きな経営リスクをもたらしたため、中国からの供給に頼る大型多国籍企業(米企業だけではなく、米国市場に向ける日本、欧州、台湾、韓国の企業も)が、中国供給依存型から抜け出すのに、生産拠点となる国を調整しなければならない。これらの企業は昨年から、すでに東南アジア、南アジア、南米の各地に生産拠点を作り始めた。今後数年内、これらの企業の発注は中国以外の生産拠点に集中するだろう。中国の輸出企業はある日、受注が来なくなり、他国で生産された同じ製品が急に米国市場に現れたと気づく。「メイド・イン・チャイナ」が世界市場から消えるということだ。
このような変化は今、水面下で静かに進んでいる。生産移管と発注の縮小を計画する多国籍企業は事前に、中国当局に知らせる必要はないだろう。この過程がまだ始まって1年余りだが、影響はすでに米の消費市場に現れた。たとえば、今年、冬のホリデー・ショッピング・シーズンには、キッチン用品や、アパレル、小型家電などの製造国が中国から他の国に変わった。
多国籍企業の生産ライン移転、またはその調整が終われば、対中貿易赤字も自然に解決することになるだろう。この時になれば、「世界の工場」と自負してきた中国の企業には発注がなくなると予想できる。実に、外資企業だけではなく、米市場に向けて輸出する中国企業もこの撤退のトレンドに加わっている。なぜなら、米の対中関税措置で価格が押し上げられ、経営を圧迫するためだ。
これは、中国当局にとって「勝つことが敗北である」ことの根本原因だ。簡単に言えば、中国当局は米中通商協議において、強い態度で政治的にメンツを保つことはできたが、「世界の工場」に大きな経営リスクをもたらした。中国社会はすでに輸出企業の大規模な倒産や従業員の失業に直面している。
さらに重要なのは、米中貿易戦は経済のグローバル化における安定した生産拠点の配置を変えた。ブランド化とマーケティングを主要業務とする多国籍企業は今、リスクの再認識とリスク回避強化を行っている。実際に、生産移管を行うのはOEM企業(他社ブランドの製品を製造する企業)である。OEM企業の下請け企業である組み立て会社は、その上の部品製造企業に大きな影響力を与える。
OEM企業が中国撤退と生産移管を行う前に、中国当局には秘密にしなければならない。でなければ、中国当局が圧力をかけ、撤退を強く阻むだろう。だから、他国で新しい工場を用意した後、中国国内の工場と設備を売却して素早く中国から離れることができる。しかし、多国籍企業にとって、生産拠点の分散化と「中国依存」の脱却は過去2年間において研究してきた課題であった。いっぽう、多国籍企業のこれらの考量に基づく撤退決定は、中国共産党政権にとって、国内経済のさらなる失速と、「世界の工場」の弱みに付け込まれたことを意味する。
(文・程暁農/翻訳・張哲)