ソフトバンク子会社、米制裁リスト入りの中国AI企業サービス提供 総務省なども導入
ソフトバンクは5月20日、イオンモールの施設に子会社が提供する顔認証技術と赤外線カメラ搭載の人工知能(AI)検温システムが導入されたと発表した。この技術は、米国が人権侵害企業として制裁的な禁輸措置を取る中国企業・商湯科技(センスタイム)が開発したもの。文部科学省や総務省、農林水産省も同システムを導入している。
ソフトバンクの子会社・日本コンピューター・ビジョン(以下、JCV)は、2019年7月に設立された。スタートしたばかりの企業だが、中国の顔認証技術開発会社・商湯科技が開発した個人認証技術を日本で提供している。
JCVが提供するのは、商湯科技の検温兼個人認証システム「SenseThunder」。提供先企業によっては「SenseTime Thunder」としている。このシステムでは、AI顔認証カメラを使い、対象者の体温を0.5秒で測定する。温度検査は、赤外線のみならず顔認証からも測定できるという。体温検査と同時に、顔から1000~200の特徴を抽出して、顔を認証し、個人を特定する。
同じくJCVが提供する顔認証技術「SensePass」もまた、商湯科技の技術だ。公式説明によれば、「ディープ・ラーニング顔認識アルゴリズムに基づいて、個人の身元を確認する」という。
JCVによれば、SenseThunderは法務省、文部科学省、農林水産省の官公庁ほか病院や企業でも納入されている。文科省と総務省は来省者を対象に、農林水産省は省内の会議室前で行う体温測定の効率化を目的にそれぞれ採用している。また、約1万5000人が勤務するソフトバンクの汐留本社、全国のソフトバンクショップやワイモバイルショップでも同社の認証機器が設置されている。
中国共産党政権が2017年7月に発表した「次世代AI発展計画」は、「2030年までにAI分野で世界のリーダーになる」ことを目指している。政権は人工知能10の発展分野として機械学習、融合ビジョン、音声、データ共有網の拡大を明示した。商湯科技はその一翼を担う新興企業群のうちの一社。
しかし、こうしたIT新興企業の多くは、トランプ政権に制裁的な禁輸措置を受けている。米商務省は2019年10月9日、中国・新疆ウイグル自治区に住むウイグル族やカザフ族に対する人権弾圧に関与したとして、中国の民間企業や政府機関の計28社を「エンティティー・リスト(Entity List)」に加えたと発表した。
その対象企業のなかでも、AI新興の大型企業である商湯科技、同じく顔認識大手のメグビ(Megvii、曠視科技)、音声認識会社アイフライテク(iFlytek、訊飛)のリスト入りは注目された。
中国北西部の新疆ウイグル自治区では、多くの少数民族が住んでいるため、顔認識技術やその他の手段によって人口が厳重に監視されている。米国務省や人権団体のレポートによると、150万人あまりのウイグル人および他の少数民族は、拷問や強制的な薬物投与が行われるとされる「再教育キャンプ」に拘留されている。
ソフトバンクは、早期から商湯科技に投資している。商湯科技は創業5年目となる2018年9月、日本のソフトバンクグループのファンドである軟銀中国(ソフトバンク・チャイナ、SBCVC)から10億米ドルの投資を受け、AI企業として世界最高の評価額60億米ドルに達した。ほかに投資したのはアリババ集団、シンガポール財務省100%出資の投資会社・テマセク(Temasek)など。
昨年末から、中共ウイルス(新型コロナウイルス)が中国で流行し、人々がマスクを着用するようになった。2月、商湯科技は、マスクを着用していても個人を識別でき、赤外線センサーで体温を測定する個人認証システム、SenseTime Thunderを発表した。ウイルス流行下で、非接触型の温度監視技術は中国の地下鉄駅、オフィスビル、工場などに広く採用された。
中国共産党は、マスク着用の指示に従わない人々を監視するためにSenseTime Thunderを活用した。商湯科技は、中国各地の警察と提携しており、「情報管理者は体温、マスク着用状況、従業員の身元などの広範囲のウイルス流行防止のための情報を手に入れることができる」と声明で述べている。
ウイルス危機に中国でも多数の企業が損失を被っている。中国の投資情報サイトIT桔子によれば、中国のベンチャーキャピタル投資は、第1四半期は前年同期と比べて3分の1減少した。総投資額は、昨年1~3月の第1四半期で1736億人民元から、今年は1191億人民元に減少した。
そんななか、商湯科技はIPO(公開株取付)で更に10億ドルの投資を受け付ける見込みだという。ウォール・ストリート・ジャーナル5月15日の独自報道によれば、この10億ドルの投資で、商湯科技の市場価値は少なくとも95億ドルに達する可能性があるという。
(編集・佐渡道世)