(パブリックドメイン)

徳とは?その考察と、実行に役立つポイント

2003年のテレビドラマ『Joan of Arcadia(原題)』パイロット版で、自分を神と名乗る若い男が主人公のティーンエイジャー、ジョーン・ジラルディ(アンバー・タンブリン演)に接近しました。ジョーンはこの男のことを全能の神だと信じ込んでしまいます。ジョーンの過去や交通事故にあった兄を救うためにジョーンが神に誓った約束など、すべてのことを知っていたからです。そして2人は一緒に歩き、ジョーンはある言葉を口走りました。

ジョーン「でも私、信仰心強くないの」

男「宗教は関係ない。これは、君の天性を全うすることなんだ」

ジョーン「へえ…私、そんなことやった試しがないわ」

男「その通り」

私はスタントン・ミリタリー・アカデミーで中学時代を過ごしました。この学校は今はもうありません。時は1963年、私たちに数学を教えてくれたルーテナント・B先生は、カストロ政権のキューバから逃れてきた移民でした。ある日、友達のチャーリーは行儀の悪いことをした罰として、クラス全員が教科書に取り組むなか、1人だけ教室の床掃除を命じられました。そしてチャーリーは何か言ってしまたんでしょう、先生はいきなりチャーリーの頭めがけて黒板消しを投げつけました。幸い、チャーリーの頭には当たりませんでした。

「お前のIQはこのクラスで一番なんだ」と先生は叫びました。「なのにお前の成績はクラスで一番悪いじゃないか!」

天性を全うすること。能力を発揮すること。卓越性を目指して努力すること。ドラマの中のジョーンのように、チャーリーもこれらのことに挑戦したことがありませんでした。

卓越性と芸術の関係

古代ギリシャには「Arete(徳)」という言葉がありました。古代ギリシャ人にとって「徳」とは卓越性、道徳性、有能性を保持することを意味していました。

ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、カラヴァッジオ、フェルメールなど歴史上の優秀な芸術家は、作品を通して「徳」を追求しました。それぞれ人間として短所はありましたが、創作活動や作品の美と真実を追求することにより、自分自身の卓越性を追い求めたのです。

ヨハネス・フェルメールは代表作『真珠の耳飾りの少女』で「徳」を達成したと言われています。デン・ハーグのマウリッツハイス美術館(パブリックドメイン)

何百年経った現代でも人々に崇められる作品を作り出した作家、歌人、劇作家についても、同じことが言えます。ホメロス、ウェルギリウス、シェイクスピア、ジェーン・オースティン、エミリー・ディキンソン、マーク・トウェイン、オスカー・ワイルド、レオ・トルストイ、その他大勢の作家たちが、「徳」という言葉を聞いたことがあったかどうかは問題ではありません。執筆を通して「徳」を遂行したからこそ、彼らの作品はいまだに存在し続けているのです。

芸術作品は「徳」を持っていると言われています。ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の天井画、ジャン=フランソワ・ミレーが描いた『晩鐘』、ジェフリー・チョーサー著の『カンタベリー物語』、トーマス・マン著の『魔の山』など、どの作品も作者の渾身の技術と洞察力が込められています。だからこれらの作品は「徳」を持っていると言われているのです。

『魔の山』トーマス・マン著 1924年ドイツ語版(H.-P.Haack CC BY 3.0)

日常生活における卓越性 

もちろん、どんな分野でも「徳」を実行している人がいます。アメリカ・ノースカロライナ州アシュビルにあるカフェ兼パイ専門店「Baked」のシェフは、味蕾(みらい:舌にある、味を感じる器官)が喜ぶようなパイを焼き上げます。私の住むバージニア州フロントロイヤルでは、若くして父親になった私の知り合いが「Enable」というウェブデザイン会社を設立して全身全霊を込めて運営しているし、地元の木工職人は細心の注意と技が光るテーブルや本棚を製作しています。

もっと些細なことにも「徳」を注ぎ込むことができます。手入れの行き届いた庭、外出用に選んだ洋服、友人たちとのBBQパーティーなどが良い例です。

私たちの生活に「徳」をもたらすこと、そして私たちの仕事や道徳習慣に卓越性を求めることは、想像よりずっと簡単なことです。

そこで、卓越性を追求する人たちから学んだ役に立つポイントを、いくつかあげてみたいと思います。

第一に、その危険性を知ること

卓越性を追求するのは素晴らしいことですが、完璧主義にとらわれてはいけません。もちろん最善は尽くすべきですが、タスクに取り掛かかったり人と接する度に完璧を求めてしまうと、イライラしてしまうばかりです。目標は高く掲げるべきですが、この世の中では「完璧」を達成するのは難しいということも念頭に置かなければなりません。

例えば、私は数日おきにキッチンを掃除します。カウンターや作業台を拭き、食器を綺麗に洗い、シンクを磨き、床を乾拭きすると、キッチンはピカピカになります。でも次の日の夜にはもう、作業台は手紙や本やペーパータオルの山で覆われてしまい、シンクは汚れた食器であふれ、床の上にはホコリや食べかすが散らかっています。私が完璧主義者なら、キッチンをピカピカの状態に保つため一生懸命努力するでしょう。しかし、その努力は他のことに使える時間を浪費してしまいます。その時間があれば、このコラムを書くことだってできるのです。

ここで、ポジティブなポイントも挙げておきましょう。

ゆっくりと

現代のペースはとてもはやく、タスクを次々にこなさなくてはならないため、義務を果たすと言ってもいい加減な仕事になってしまうことがよくあります。そうならないためにも、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスのモットー、「Festina lente」、つまり「ゆっくり急げ」という言葉を取り入れるべきでしょう。歩みを進めつつも、目の前の仕事には十分な注意を払うべきなのです。

卓越性には時間と忍耐がつきものです。それが「Festina lente」なのです。

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスのモットーは「Festina lente」つまり「ゆっくり急げ」でした(パブリックドメイン)

誇りと喜び

行動に誇りを持つことにより、自分の中に「徳」を入れ込むことができます。娘の家の広大な芝生刈りを終えた後、私は朝にはコーヒー、夕方には白ワインを飲みながら、ポーチに座ってきれいに刈り取られた芝生の景色を楽しむことがあります。

この幸せは、仕事を完遂することにより生まれた副産物であり、一生懸命頑張ったことへのご褒美のようなものです。私の街に住むある女性は、病気、家族との死別、赤ちゃんの誕生など、誰かが大変な出来事に直面すると食事を持って来てくれることで知られています。彼女のレシピはとても美味しく、特別料理や手作りパンなど気遣いにあふれ、キャセロールやケーキは慎重に梱包され、メッセージも添えられています。これらすべてのことが愛情を伝えていて、彼女にも深い満足感と喜びをもたらしているのは間違いありません。

マインドフルネス

「徳」は対人関係を深めることもできます。何年も前にロングアイランドで結婚式に参加した時、20代中頃の青年が道路脇に立ち、到着する車のドアを開けてゲストを迎え、お年寄りや体の弱い人をシナゴーグに案内してあげているのを見かけました。もうかなり時が経った今でさえ、ゲストと言葉を交わす彼の誠実さや体の不自由な人に対する彼の親切心に感心したことを覚えています。この青年は自分のしていることに集中していて、まさに紳士の見本と言えるべきもてなしをしていました。ゲストの様子からも、誰もが彼に感謝していることがわかりました。

これこそが「徳」の実行なのです。

この「徳」の実行は、道徳と美徳の分野にも適用することができます。ホメロスは『オデュッセイア』の中で、オデュッセウスの妻ペネロペを妻の見本として記しました。ペネロペはオデュッセウスが長期不在の間も言い寄ってくる求婚者を拒み、夫に忠実であり続けました。私たちもペネロペのように、道徳の卓越性を探求し倫理規定に従うよう努力することができるはずです。それは私たちを支えるだけでなく、高めてもくれるのです。

オデュッセウスの妻ペネロペは「徳」のある行動をしました。

『ペネロペ』1864年ジョン・ロダム・スペンサー・スタンホープ作 サザビー2017年11月(PD-US)

規範

私の著書『Movies Make the Man: The Hollywood Guide to Life, Love and Faith for Young Men(原題)』の中で、私は次のように述べています。

「男とは規範に従って生きているものである」

「その規範が何なのかはっきり説明することはできないだろうし、規範に従って生きていること自体気がついていないかもしれない」

「しかし、男たる者みな、規範に従って生きているのだ」

「この規範はその人の信念の結集で、たいていシンプルで単純で、その人の家系、バックグラウンド、教育、経験によって形作られている。規範とはルールの集まりであり、規範を破ることはその人の心を深く傷つけることに他ならない。規範とはその人の十戒であり、憲法であり、主祭壇に供えられた特別な供物であり、その人が真実で最良とするものなのだ」。

この本を執筆した時、私は「徳」を描写したことに気がついていませんでした。しかし、まさに「徳」について書いていたのです。

「徳」の追求において、時には恥をかいてしまうこともあります。私にも失敗した経験が幾度となくあります。しかし、レースの結果は重要ではありません。レースそのものが重要なのです。最善を尽くしたいという気持ち、もっと良くなりたいという気持ち(どんなにわずかな進歩であっても)、私たちは一体何者なのか、そしてこの世の中に何を届けることができるのか、それが大切なのです。


筆者紹介:ジェフ・ミニック(Jeff Minick)

4人の子供とたくさんの孫がいます。ノースカロライナ州アシュビルのホームスクール向けセミナーで、歴史、文学、ラテン語を20年間教えました。現在、バージニア州フロントロイヤルに住み、執筆活動を続けています。ブログはJeffMinick.comでフォローできます。

※寄稿文は執筆者の見解を示すものです。

※無断転載を禁じます。

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