≪医山夜話≫ (33)

口を修め、他人を思いやる

何気なく口にした一言が時には、他人の心を深く傷つけてしまう事があります。

 医学に携わる者は、医学的な技術が優れているというだけで、人の病気を治せるわけではありません。患者の人柄、癖、心理状態などを見分ける能力を身につける必要があります。そして、うっかりした小さなミスが大きな問題につながる可能性があります。

 診療所では、患者の秘密を守れずにうわさが広がって大問題になった例が少なくありません。

 ある時、二人の看護士が不注意にも患者のカルテの内容を喋ったため、そばにいた患者本人に、全部聞こえてしまいました。看護士は、「彼女がずっと妊娠したくて、何度も受精を試みてダメだった本当のわけは、彼女のご主人が内緒で結さつ手術をしていたからなの。彼女がそれを知らなかったなんて本当にかわいそう。子どもをつくることは、まず夫婦でよく話し合うべきよね。でも、その事をどうやって彼女に説明したらいいのかしら……」。それを聞いた女性患者は、さっそく家に帰って夫を追及し、看護士たちが言っていたことが全部事実だった事が分かりました。二人の間はひどいケンカとなり、家の中のあらゆるガラスや陶磁類が全部粉々になってしまいました。

 また、こんな例を知っています。ある医者がカルテを書いている途中、電話がかかってきました。カルテは机の上に開きっぱなしです。その時、偶然ある女性患者が間違って事務室に入り、ちらっとカルテを見ると、「××エイズ患者……」という文字が目に飛び込んできました。この××さんは、彼女の同僚の夫でした。彼女はその同僚と仲が悪かったので、エイズのニュースはすぐに彼女の勤め先で広まってしまいました。

 さらに不幸な出来事がありました。ナンシーとジョンが婚約をしていた時です。ある日、ナンシーは某医薬会社から届いた手紙を読みました。「親愛なるジョン様。あなたは不幸にも五年前に『梅毒』を患いましたが、弊社は研究を重ねた結果、それに有効な新しい薬品を開発しました。新薬を受けられる被験者の一人として、幸運にもあなたは選ばれました。新薬はすべて無料で提供いたします」と書かれていました。

 ナンシーは手紙を見て、驚きと共に強い憤りを覚えました。彼女は直ちに自分の荷物を車に入れて、ひと言だけ言い残して去りました。

 ジョンが家に帰った時、家の中はひどく散らかっていて、テーブルに置いてあったのは製薬会社とナンシーの手紙でした。「結婚式もあなたも、もういらない」。ジョンは何のことやらまったく分からず、途方にくれました。自分はこんな病気に罹ったこともないのに、どうしてこんな手紙が自分に郵送されて来たのだろうか。もう一度、手紙を確認してみると、名前と住所は間違っていませんが、苗字のアルファベットの一つが抜けていました。以前ここに住んでいた人が、自分とほぼ同じ名前だったのです。つまり、あの「幸運」なジョンはもうここには住んでおらず、いるのはもう一人の「不運」なジョンだったのです。事実は明らかになったのですが、結局ナンシーとジョンはこの不幸な出来事のために別れてしまいました。

 診療所に来る患者同士は、同じ学校の先生だったり、同じチームのスポーツ選手だったりして、互いに良く知ってはいますが、体の状況に関しては情報交換などしません。しかし、好奇心が強く、他人のプライバシーをあれこれと知りたがる患者もいます。患者を守る医者としては、注意が必要なのです。それが原因で、人間関係にトラブルが生じる可能性があるからです。

 ある日、患者のAさんが彼女の同僚が私の診療所から出て行ったのを見かけました。「彼女はだいぶ良くなったはずなのに、なぜ今日また来たのかしら」と聞いてきました。彼女は、同僚の病気について知りたがっていました。私は、「もしあなたが彼女だったら、医者から他の人に、勝手に自分の体の状態をしゃべってもらいたいですか」と答えました。

 私たちの診療所に来るすべての患者は、必ず最初に「医者は、患者の同意なしに、患者の病気に関する秘密事項や情報を、いかなる人、部門、機関にも漏らしてはいけない」という守秘契約を見せられます。しかし、患者に自殺傾向がある場合は例外で、もし医者が患者を止めることが出来ないのなら、その家族または警察に知らせる責任があります。それは医者の基本的な義務であり、患者の生命を守ることが大事だからです。

(翻訳編集・陳櫻華)