(Eleephotography/Creative Commons)

チベットの光 (29) 十階建ての僧坊

「師父…」ウェンシーはこの二文字を言おうとしたが、すぐに呑み込んだ。彼は本来、背中の傷を師父に見せたかったのだが、思いを馳せれば師父に罵られた事ばかりが想起され、やるかたなく一切の不満は肚の内に仕舞い込んだのだ。

 師父が去ってしばらくすると、師母が食べ物を持ってウェンシーのもとへやってきた。彼女は、この一見馬鹿のように見える、怪力の弟子を特別に可愛がった。師父がどのように不合理な要求を彼に出そうとも、文句ひとつ言わずに黙々と師父に代わってやり抜き、師父がどのようなことを言おうとも、やり抜いたからであった。この若者を見ると、誰もが好感をもち、愛情を持って惜しまず、師母もこれまでこのような弟子を受け入れたことがなかった。

 ウェンシーは師母を見ると、堪らずに涙が溢れてきた。ここでは身寄りもなく、師母だけが実の母親のように唯一の精神的な慰めであった。彼にとって、師父がまた建物を壊せと命じたこと、背中の傷が堪え難いことが思い起こされ、背中の傷を師母に見せたかったのが、故意に密告しているかのように思われたので、それを忍んで言わず、ただ師父が法を伝えてくれるようにとせがんだ。

▶ 続きを読む
関連記事
ダークチョコはただのご褒美ではありません。血管・脳・気分への働きから選び方、適量、注意点までわかる完全ガイド。
最後に裸足で土や草の上を歩いたのは、いつですか。足裏の感覚は、思っている以上に脳と心に関わっています。
喉のかゆみや乾いた咳、肌の乾きが気になる処暑に。梨と白きくらげを煮込む、やさしい潤い薬膳スープです。
関節にやさしく、全身を鍛えられる水泳。筋力、心肺、睡眠、体重管理まで、11の利点を完全ガイドで解説。
遣唐使や鑑真を通じた受容から現代の職人技、渋沢栄一の思想まで、千年の時を超えて日本に根づき継承された中華文明の足跡を辿る。文化が他民族の生活や精神に宿り、今なお響き合う理由を静かに解き明かした論考