「師父…」ウェンシーはこの二文字を言おうとしたが、すぐに呑み込んだ。彼は本来、背中の傷を師父に見せたかったのだが、思いを馳せれば師父に罵られた事ばかりが想起され、やるかたなく一切の不満は肚の内に仕舞い込んだのだ。
師父が去ってしばらくすると、師母が食べ物を持ってウェンシーのもとへやってきた。彼女は、この一見馬鹿のように見える、怪力の弟子を特別に可愛がった。師父がどのように不合理な要求を彼に出そうとも、文句ひとつ言わずに黙々と師父に代わってやり抜き、師父がどのようなことを言おうとも、やり抜いたからであった。この若者を見ると、誰もが好感をもち、愛情を持って惜しまず、師母もこれまでこのような弟子を受け入れたことがなかった。
ウェンシーは師母を見ると、堪らずに涙が溢れてきた。ここでは身寄りもなく、師母だけが実の母親のように唯一の精神的な慰めであった。彼にとって、師父がまた建物を壊せと命じたこと、背中の傷が堪え難いことが思い起こされ、背中の傷を師母に見せたかったのが、故意に密告しているかのように思われたので、それを忍んで言わず、ただ師父が法を伝えてくれるようにとせがんだ。
師母はこれを聞くとすぐに師父のもとへと足を運んで言った。「なぜ怪力君にあのような建物を建てさせているのかが分かりません。建てては壊し、壊しては建て、それに何の意義があるのかしら?あの子が可哀そうだわ。あなたがあんなに苦労させているのに、文句ひとつ言わずにやっているなんて、なんてよい子なのかしら。早く法を伝えてやってちょうだい!」
「あの怪力を連れてきなさい!」師父はこれを聞くと言った。
師母は喜んでウェンシーを探して言った。「先生が呼んでいるわよ。きっと法を伝えてくれるわ」
ウェンシーは嬉しくて堪らず、師母と一緒に師父の元へと参じた。
「怪力!」師父はウェンシーを見ると言った。「今日のわしは堅物ではないから、おまえも気を揉むことはない。おまえは法を求めているから、わしがそれをよろしく伝えてやろう」
師父は、仏教のごく一般的な戒律をウェンシーに伝えた。伝え終えると言った。「これは皆も知っている、仏教の一般的な戒律にすぎない。もしおまえが即身成仏の秘密の口訣を知りたいのなら…」とインドで師事したノノバ尊者の苦行について故事を言って聞かせた。「…どうじゃ、おまえにこんな苦行ができるかな」。言い終えるとまたウェンシーに尋ねた。
ウェンシーはノノバ尊者の苦行を聞くと涙を流し、心のなかに不抜の信仰心が生まれ、自らに誓った。「先生の話はどのようなものであれ聞くとしよう。どのような苦しみも克服するぞ!」
このようにして、ウェンシーはまたしても師父の話を受け入れ、三角形の建物を打ち壊した。
打ち壊すと、師父はまたウェンシーを別の山の山頂に連れて行って言った。「今度はここに四角形の僧房を築いてくれ。今度は九階建てで、一番上は書庫にしてほしいから、全部で十階建てになるな。今度は壊さなくていいから、うまくできたら法を伝えよう」
「師母に証人になってもらってもいいですか?」ウェンシーは聞いた。
「よろしい!」師父は答えた。
こうして、ウェンシーは師父の書いた設計図をもって、師母のもとへ行き、四回目の工事の証人になってもらいたいと申し出た。師父の以前からの無理な要求は見て知っていたので、彼女は可哀そうに思い、すぐに証人になることを引き受けた。
「…しかし…」師母はこの設計図を見て、師父とウェンシーに言った。「この建築計画は、実際はとてもじゃないけど無理だわ。あんた一人で建材を山の麓から運んで、山の上にこんなに大きな十階建ての僧房を築くなんて…何年かかってもできるかどうかも分からない。それに、この土地は私たちの領域ではなく、族人は以前にもここには建築してはならないと誓ったこともあるので、こんなところに建てると、またきっといざこざになるわ」
「おまえはただの証人だ。口を差し挟むことはない!」師父は彼女の話を全く聞いていなかった。
こうしてウェンシーはまた、四角形の大きな堅牢物を建て始めた。
(続く)
(翻訳編集・武蔵)
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