『捜神記』より:「善悪に報いあり」死の淵からの生還
中国の志怪小説集『捜神記(そうじんき)』は、東晋の時代に干宝(かんぽう)によって著されました。そのなかに、こんな話があります。
西晋(265~316)時代のことです。散騎侍郎(さんきじろう)という官職に就いていた王祐という人物が重病になりました。王祐は、自身の命がもう残り少ないと覚悟を決めました。老いた母に向かい、子として先立つ不孝を詫び、別れを告げました。
そのとき、遠くから取り接ぎの者の声が聞こえました。家の主人である王祐に、某(なにがし)という訪問客があったと言います。
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