中国古代の礼儀──座り方
座り方は礼儀作法の一つでもあり、古代の中国では、座る姿勢に非常にこだわっていました。
古代では、座り方は主に三種類があり、「結跏趺坐(けっかふざ)」、「箕坐 (きざ) 」、「跽(き)」です。
「結跏趺坐(けっかふざ)」とは、両脚を組み、左右の足の甲を反対側のももの上にのせて安坐します。これは、仏教の修行の時の座り方の一つです。
「箕坐 (きざ) 」とは、両足を前へ投げ出して座ることであり、その姿勢が箕 (み)の形に似ています。「跽(き)」は、跪居(ききょ)とも言い、膝と足指の先を床面に着けて尻は踵に乗る座り方です。
賓客がないときは、「結跏趺坐(けっかふざ)」や「箕坐 (きざ) 」のようにカジュアルな姿勢で座っていてもよいですが、貴人、年長者、友人と話している場合、あるいは会議、宴会、賓客を招待する場合には、礼儀正しく丁寧な座り方の「跪居(ききょ)」を採用する必要があります。
中国の古書には、礼儀正しい座り方に関する記述がたくさんあります。例えば、前漢の時代、宋忠と賈誼という二人のインテリが、司馬季主という易者を訪れた時の問答が記載されています。この学識の高い易者の雄弁かつ論理的な話を聞いて、二人はハッと目覚め、畏敬の念を感じ、冠のひもに手をかけ襟を正して、正坐の姿勢をとって、この学者に対して尊敬と敬意を表わしました。
古代の聖人、君子、学者、役人は、自身の道徳や礼儀の育成を重視しており、東晋の陶侃(とうかん)の「仕事が終わって、暇な時間でも、一日中ひざまずいて座っていた」というように、暇であっても言動を慎まなければなりませんでした。
強大かつ賢明な支配者であった清朝の康熙帝は、文武両道でしたが、毎日、朝廷で政務をとるとき、龍の椅子に着席して威儀を整え、まるで官吏たちを俯瞰するようでした。皇帝としての基本的な礼儀作法や立ち居振る舞いは、長期にわたる厳格な要求の中で育成されたものです。
康熙帝は、幼い頃から「飲食、身振り、話し方、全ては正しい礼儀と適切な規則に従う。ひとりになっても、礼儀を欠いたり規則を破ったりしてはいけないと教えられていた」と述懐しました。康熙帝は即位後、官吏と国家政治を論じたり、文官学者と歴史経典を学んだり、家族と楽しく話し合う時、いつでも堂々と座っていました。
(翻訳編集・啓凡)