【芸術秘話】ミケランジェロの少年時代(下)
ルネサンス期のフィレンツェの最大権力者、メディチ家はフィレンツェに安定と繁栄をもたらしただけでなく、芸術の発展にも多大な貢献をしました。特にロレンツォ・デ・メディチは彫刻と絵画をこよなく愛し、多くの古代芸術品を収集し、さらに、人文主義のプラトン・アカデミーを創設しました。当時、ミケランジェロは彫刻家、ベルトルド・ディ・ジョバンニ(Bertoldo di Giovanni)のもとで彫刻を学びました。
ミケランジェロは牧神の頭部の彫刻をモデルにして、大理石に彫刻をし始めました。これはミケランジェロの最初の彫刻でしたが、見事な彫刻が出来上がりました。ミケランジェロは原作を超えようと、口の中の舌や歯まで掘り出しました。これを見たベルトルドは舌を巻き、「古代では、完全な歯並びをしている人はあまりおらず、ほとんどの人は歯が欠けている」と微笑みながら指摘しました。これを聞いたミケランジェロは牧神の歯をいくつか砕き、そして、歯茎のところまで修正し、本当に歯が欠けているかのように見せました。
ミケランジェロの優れた技術を見たロレンツォは何度も公の場でミケランジェロを称賛し、全力で彼を育成することに決めたのです。その後、ミケランジェロはメディチ家に寄宿し、自分の部屋はもちろん、ロレンツォの家族や、他の貴族たちと同席することも許されていました。ミケランジェロはロレンツォが亡くなるまでの4年間メディチ家にいました。
ミケランジェロはずば抜けた才能と真剣な態度によって多くの貴族の尊敬と称賛を獲得し、同時に、ロレンツォのおかげで、生計に悩むことなく、優れた環境で成長していき、後の偉大な芸術創作のために固い基盤を築いたのです。
(完)
(翻訳編集・天野秀)
関連記事
【大紀元日本6月23日】二名のブラジル人医師と芸術愛好家が、ルネッサンス時期の芸術家ミケランジェロがバチカン市のシスティーナ礼拝堂の天井に描いた絵画の中に、人体解剖の暗号が隠されていると主張している
「最後の審判」の壁画は、雲の上に立っているイエス・キリストを中心に描かれています。キリストは若く、容姿端麗で力強く右の手を上げ、大公無私で優れた正義感を以って判決を下します。善人を天国に導き福報が得られるようにします。左の掌で、邪悪を阻止し、罪人を地獄に沈めるように下へ押さえています。悪人には悪の報いがあります。キリストの掲げた右手は、この世のすべてのものを一瞬にして最終的な判決を下し、すべてに決着をつけるかのようです。 この荘厳な建造物には、無限の慈悲と威厳が顕わされおり、人々は神の偉大さと
ミケランジェロ・ブオナローティは紛れもなく史上最高の芸術家の一人だ。1475年に生まれ、88歳まで長生きした彼は、自分を主に彫刻家だと考えていたが、イタリア・ルネサンスの最高のフレスコ画、建築、詩もいくつか制作した。
ミケランジェロの若い頃の作品である「ダビデ像」は、彼のルネサンス期の巨匠として不滅の地位を確立しただけではなく、フィレンツェ人の誇りであり、フィレンツェの精神的なシンボルでもあります。
フィレンツェの名門貴族 メディチ家はフィレンツェの歴史と緊密に絡み合っており、イタリア及びヨーロッパの興隆にお […]
ルネサンス期を育んだイタリアの都市ーーフィレンツェ。 遠近法や人体解剖学などの運用と、明暗に対する理解により、 […]