英雄叙事詩ーーホメロスの叙事詩 『イリアス』 『オデュッセイア』(三)

イリアス』の中の様々な人物や神々のイメージは、どれも生き生きとしています。アガメムノーンの傲慢無礼さ、アキレウスの自負心、ヘクトルの国と民を愛する心、オデュッセウスの賢さなど、読者の印象に深く残るものばかりです。

 

妻子への別れの挨拶(アプリア赤絵式陶器)、紀元前370年から紀元前360年ごろ。(パブリックドメイン)

 

ヘクトルが戦場に赴く前に妻子に別れを告げる場面では、家族との別れを惜しむ優しい一面を見せながらも、国家と家族のどちらかを選ばなければならないという心の葛藤も描かれています。

他国の王妃と財宝を強奪しておきながら、国家が大難に遭っても返還しようともしないという自己中心的で下劣なパリス、己の怒りのためだけが重要で、盟友や自国の利益や民の生命を全く心に留めないアキレウス、些細な利益のために盟友間の信頼を失った愚かなアガメムノン。これらの者に比べれば、ヘクトルは本当の英雄らしさを表し、勇猛に戦っただけでなく、私利私欲のために他人を害することもしない道徳的な人間でした。

「兵が天下を征服し、王たる者が国を治める」ことは、人類の歴史において永遠の主題です。

ホメロスの叙事詩は英雄を語っています。中の人物の行いがいかに卑劣でも、無様であっても、歴史を作った英雄であることに変わりはありません。彼らの事跡は後世に評価され、正々堂々とした品格の良い者は人々に讃えられ、自分の利益のために他人に危害を加える者は教訓として学ばれます。

アキレウスは自分がトロイア戦争で命を落とすことをすでに知っていました。母テティスは事前にアキレウスに選択肢を与えていました。家に帰れば長寿で健康な人生を送ることができ、参戦すれば命を落とすが、不朽の栄誉を手に入れることができると。

 

「アキレウスの凱旋」(フランツ・マッチ作)。戦いに敗北し戦車に引きずり回されるヘクトール、ケルキラ島のアヒリオン宮殿所蔵。(パブリックドメイン)

 

アキレウスは栄誉を選びました。これは1人の英雄としての選択であり、1つの時代の選択であり、ある意味、運命の選択でもあります。ホメロスの時代の人々の価値観から見て、栄誉は命より遥かに重いのです。神の存在が信じられていた時代では、どの民族の道徳倫理も類似しています。

ホメロスの叙事詩はまた当時の人々の世界観、宇宙観を反映しています。トロイアは戦争の中で滅びる運命であり、たとえゼウスに次ぐ太陽神アポロンの加護があっても、運命を変えることはできません。神々も従うべき規則があり、たとえ神であっても天命には逆らえないのです。

ホメロスの叙事詩は神が人類の戦争に干渉した場面の描写を通じて、あることを示しています。それは、人類社会全体が神の管理下にあり、神は人類を左右することはできても、天道(天地万物を司る絶対的な意思)には逆らえず、また、それを守らなければならないということです。

 

アイネイアースの絵。(パブリックドメイン)

 

トロイア側の武将アイネイアースは、何度も危険な目に遭いながらも、そのたびに神々に助けられました。彼の母である女神アプロディーテーや、太陽神アポロン、ギリシア側に立った海王ポセイドンでさえも、彼に救いの手を差し伸べました。なぜなら、アイネイアースは未来のローマ人の祖先になるはずの人であり、ローマを建国することになっているので、トロイア戦争で死ぬ運命ではないからです。

ギリシア軍がトロイの木馬戦略でトロイアの城を破り、城内で虐殺を始めた頃、アイネイアースは神の加護の下で、家族と仲間を連れて城から逃れました。
(つづく)

(翻訳編集・天野秀)

文宇